愚神と愚僕の再生譚
8.神苑を生きる者たち③ 私はずっと待ってるから。
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 リュートとセラに挟まれる形で歩を進めながら、明美が遠慮がちに言った。 「あの……迎えに来なくても、登下校くらい私ひとりで大丈夫だよ。学校の方も見てなきゃいけないんでしょ?」 「鬼は須藤に引き寄せられるんだから、優先順位はこっちだろ。学校との距離も近いから、そんな負担じゃない。守護騎士ガーディアンもひとり増えるしな」 「そうなの?」 「ああ」  くつくつとこぼれる笑いを抑えながら、リュートは答えた。一昨日おとといからずっと「なんで俺まで!」とわめいていたルームメートを思い出して。  と、セラがじっとりと、恨みがましい目をこちらに向けているのに気づく。 「まあ須藤さんの件については、リュート様が自ら進んで、あの高飛車女神と約束しちゃいましたしねー」 「口を慎め背信者が」  突然、明美がぶっきらぼうな声を出した。質実な顔を傲岸不遜の模範解答みたいな形にゆがませ、背丈では十分に見下ろせない分を、尊大極まりない態度で補っている。  セラも、女神と認識するや否やひょうへんした。敵意をたぎらせた目で、 「なに出てきてんのよ引っ込んでて。あんたなんか、本当は今でも殺したいんだからこのクズ。お兄ちゃんが文字通り命懸けでまもろうとするから、手が出せないだけなんだからね」  吐き捨て、こちらへと笑顔を向ける。 「気が変わったらいつでも言ってねお兄ちゃん。私はずっと待ってるから」 「貴様。私の温情で生き永らえたこと、よもや忘れてるわけではあるまいな」 「は? お兄ちゃんと約束したからでしょ、あんたこそ忘れたのそっか年だものねおばあちゃん」 「は?」 「は?」 「やーめーろっ! お前はむやみに出てくんな! 須藤を尊重するって約束だろ⁉ セラもやめろ! 対処すんの俺だからまだ腹痛いから今もちょっと泣きそうだから!」  リュートが腹を押さえながら、ふたりの間に割って入る。セラも渋々詠唱をやめた。まだ女神をにらんではいたが。 「だいたい堕神召喚それは禁じられただろ! 俺は一応お前の監視役なんだから、そーいう対応に困るようなことするな!」 「分かってるわよ」  念のため言い含めると、セラは不承不承ながらもうなずいた。  ――彼女が行っていたしん召喚は、新たな可能性を示した。以前頓挫した電波発生計画が現実味を帯びたと、珍しく興奮していたセシルの顔を思い出し、続ける。 「もし研究のためと称して、やばいことされそうになったら言えよ。絶対そんなことさせねえから」  しん召喚は一度テスターが試したものの、うまくいかなかったらしい。女神との同化経験やしんへの忠誠心が関係しているのか、全く他の要因が関係しているのか。  詳しいことはまだ分かっていないが、セラがモルモットになるようなことだけは、絶対にけなければならない。 「うん。ありがと」  照れたように下を向くセラ。  リュートもなんとなく気恥ずかしくなり、早口で付け加えた。 「取りあえずは、卒業まで須藤をうまくまもる方法を考えないとな」 「お世話かけます……」  申し訳なさそうに、明美。どうやら女神は引っ込んだらしい。  やけに素直に引き下がったもんだと思ったが、理由はすぐに知れた。前方の曲がり角から、アレが顔をのぞかせている。 「あ」  アレ――山本銀貨はリュートと目が合うと、一度ばっと顔を引っ込め、 「あっ。みんな、おはよう。奇遇だね」 「間抜けな顔を一度見せた後でやり直せると本気で思ってるなら、俺はお前を尊敬するよ」  言われても銀貨はめげず、通り過ぎようとするリュートたちにそのまま合流した。  銀貨がそわそわと明美に視線を送ってはそらし、彼が顔を背けている時に、明美がおどおどしたまなざしを銀貨に送る。間に挟まれたリュートがそれにいらつく。  最終的にはリュートがキレた。 「須藤! 山本が話があるそうだ。山本! 須藤が話があるそうだ」 「えっ?」 「いやその」 「いいから早く関係を修復しろ! 双方向からぐちぐち言われたり視線に挟まれいたたまれなくなったり、俺はもう付き合いきれない。ごめんと言い合えそれでいいだろ!」  ふたりの背中を強引に前方に押しやり、セラと共に後ろに付く。これで和解しないのであれば、もう本当に知ったことではなかったが。 「あの、私……ご、ごめんなさいっ」 「僕も、ごめん……」  どうやら問題はなさそうであった。
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