愚神と愚僕の再生譚
私のリュート様⑤ なにも思わないんですか?
◇ ◇ ◇
「リュート様は今日という日に対して、特になにも思わないんですか?」
放課後。
静観だけではなにも進まないと、セラはとうとう切り出した。
「今日という日?」
採血中の腕を動かさないよう注意しながら、リュートが考えるようにして上を向く。
一応誠実に記憶等たどってくれたようで、しばししてから彼は返してきた。
「別になにも」
机を挟んで向かい合っているので、不機嫌な顔をすればすぐに伝わってしまう。セラはなるべく平常心を心がけて踏み込んだ。
「今日ですよ? 4月22日ですよ?」
「そう言われても……」
「悩みがあるなら相談に乗りますけど」
いらいらと注射針を引き抜く。
「いや……ないけど」
平常心はあっけなく砕け、セラはがたりと立ち上がった。
「なんでないんですか、青春世代がそんなはずないでしょう⁉ きっと鬱屈したなにかがあるはずです! ほら心を探って、とがった感情さらけ出してくださいよ!」
「なんだよとがった感情って」
「そうやって内に秘めて変に醸成させて腐していくから、じじむさいって言われるんですよ!」
「なんで俺突然蔑まれてんの……?」
完全に置いていかれた目で、こちらを見上げてつぶやくリュート。
セラは注射器片手に、ほとんどにらむようにその顔を見下ろし――
「そうですか」
1ミリの理解もないリュートの顔に落胆し、へたりと座り直した。
思い知らされた。
自分にとっては特別でも、兄にとってはただの4月22日なのだ。
もはや期待できることはなにもなく、最終下校時刻までの時間潰しが続く。
リュートもセラのギスギスした雰囲気を感じ取っているのか、少し離れた席で黙々と、授業の復習をし始めた。
今日は週に一度のノー部活デーというものらしく、監視対象の須藤明美もとっくに帰宅の途についている。
(自主練は禁止しないっていうんだから、一番休息が必要な運動部には意味がないような気もするけど)
自分こそ腐した感情を持て余し、窓の外の光景を皮肉る。運動場では多くの生徒が『自主トレ』に励んでいた。
そんなこんなでようやく下校時刻――いつもより早いはずなのに、本当にようやくだ――になり、セラは胸中で息をついた。
どこか哀愁漂うメロディーに乗せて、下校を促すアナウンスが校内に流れる。
15分ほどしてから、リュートがぱたりとノートを閉じた。
「そろそろ帰るか」
最近構築されてきた流れでは、ここでセラも同道する。しかし、
「リュート様は先に帰校しててください。私用事あるので、もう少し残ります」
今だけは兄と距離を置きたくて、セラは用事をでっち上げた。
「俺も手伝おうか? 今日は下校時刻も早くて余裕あるし」
椅子の背に肘を乗せ、リュートが何気なしに聞いてくる。
セラは日報帳のページをめくりながら、
「ひとりで大丈夫ですよ。守護騎士には守護騎士の、アシスタントにはアシスタントの仕事があるんです」
「でもきょ――」
「いらないです!」
勢いに任せてめくったため、日報帳のページが破れた。
それすら自分への嫌がらせに感じ、舌打ちする心地で後を続けるセラ。
「というかリュート様がいると余計に時間がかかります。お願いですから先帰っててください。仕事増やさないでください」
「……分かった」
リュートからすれば、あけすけに無能と言われたようなものだ。
さすがに彼もむっとした様子で、手早く荷物をまとめると、
「じゃあ俺帰るから。あんま遅くなるなよ」
とだけ残して教室を出ていった。
ひとりきりの教室で、セラは破れた日報帳をにらみつけた。
(……ほんと、私ってば頭おかしいんじゃないの?)
◇ ◇ ◇
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