愚神と愚僕の再生譚
5.自民族中心主義⑥ 強制コミュニケーションシステム
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◇ ◇ ◇  ぽかぽかという表現で済ますには強過ぎる日差しのもと、交わされる雑多なおしゃべりに、かなづちやノコギリといった騒音工具の合いの手が入る。  たすき高校中間テスト、最終日の午後。  中庭では、1年生のクラスそれぞれが好きな場所に陣取り、小道具・大道具作りにいそしんでいた。夏休み前の学校祭――たすき祭というらしい――で行われる、クラス演劇の準備のために。  以前は多くの高校と同じく秋に行っていたらしいが、クラスの結束を強めるためと受験を控えた3年生のため、時期を前倒しするようになったらしい。  伝統的に1年生は演劇をやることになっているが、それはたすき祭の時期が早まっても変わらない。そのため短い期間での準備に追われ、いやおうでもクラスメートと交流が生まれる。生徒たちの間では賛否両論で、強制コミュニケーションシステムとも呼ばれていた。  そんなシステムの中、リュートはというと。 「天城、そこのくぎち頼む」 「おう」  中庭の一角。大道具係のひとりとして、かなづち片手にベニヤ板を角材に取りつけていた。  今朝の強盗騒ぎは店員(と守護騎士ガーディアンオタク1名)が好意的な証言をしてくれたおかげで、警察への引き渡しがスムーズに行えた。映像記録を残していたことも功を奏した。過剰防衛の疑いをかけられていたら、試験には間に合わなかっただろう。 (ま、珍しく上々かな)  試験もそれなりの手応えをもって無事終了。一時的にせよプレッシャーが消えた解放感で、当初は嫌々引き受けた大道具係の仕事を、少し楽しむ余裕もあった。  一言でいえば、悪くない。 「天城、一番大きなくぎ取ってくれ」 「ああ」  傍らに置かれた小箱から、言われた通りのくぎを取り出し、右側から伸ばされた手のひらに置いてやる。 「さんきゅ」  手のひらのぬし――えきしゅんすけは置かれたくぎを器用に指で挟み込み、くるんと返して板上に添えた。そこに向かい、かなづちを真っすぐに打ちつける。 「へへ、うまいもんだろ。お前らがサボってる間に、大工作業はマスターしたぜ」 「お前が暇なだけだろ」  誇ってるところに淡泊な指摘を受け、俊介が顔をしかめる。 「ひでー。俺だって部活はあるんだぜ。みんなと違って両立頑張ってんの!」 「そっか、読書部だったな」  初見では、ダークブラウンの毛先を細かく立たせた俊介は、サッカー部辺りの所属かと一方的に――かなりの偏見をもって――思い込んでいたのだが、俊介は明美と同じ読書部だ。明美を見張っているリュートも自然、俊介と顔を合わせる機会が多くなり、こうして気安く話すようにもなった。 「ここ打ち込んだら、反対側やるぞ」  リュートは言いながら、ベニヤ板と角材の端を合わせる。  と、飽きてきたのか俊介が作業の手をめ、こちらへと身体からだを向けた。 「そういやさ、ぶっちゃけ水谷とはどういう関係なんだ?」 「守護騎士ガーディアンとアシスタントの関係」 「じゃなくて――分かってるだろ?」  にやつく俊介。  リュートは板上のくぎに手を添えたまま、冷めたまなざしを返した。 「お前が期待するようなことは、なにもない」 「そっかそっか」  存外あっさり受け入れ、うんうんとうなずく俊介。  が、それで終わりということでもないらしい。全て理解したとばかりに腕を組むと、 「なるほどなー。やっぱ須藤の方か」 「なんでそうなる」 「だって須藤のことばっか見てんじゃん。この場所に陣取ったのも、須藤のそばにいたいからだろ」 「な……」  ズバリ当てられ、リュートは口ごもった。  確かにこの場所で作業しようと申し出たのはリュートで、それは体育館内で作業している明美の姿を、横の出入り口から確認できるからだが。  沈黙イコール肯定ととられてはかなわない。とにかく否定しようと、リュートは慌てて口をひらいた。 「それはっ……」 「分かってる分かってる。ちょっとストーカー気質な気がしないでもないけど、俺は応援してるからな。道を踏み外しそうになったらめてやる。安心しな」 「人を犯罪者予備軍みたいに言うな! そもそも俺は未成年に興味はないっ!」 「ほう、熟女趣味か」 「なんで一足飛びするんだよ⁉」 「ってことはつまり、年上好きか」 「いやちが――えと、ああもう、くっそ!」  主張をうまいこと伝えられず、リュートは頭をかきむしった。ごまかすように荒っぽくかなづちを振るう。きちんと添えていなかったため、くぎが斜めに食い込んだ。  と、体育館内から声がかかる。明美と一緒に作業をしているセラだ。 「リュート様ー。暑いですから、熱中症に気をつけてくださいねー」 「分かってるっ!」  リュートはやけくそに返し、この位置に陣取ったことを後悔した。 (くそ、しくった。今日はセラが付きっきりみたいだし、別に俺が見張る必要はないじゃねーか)  セラは衣装係だったが、今日は明美の小道具作りを手伝っていた。なんでも守護騎士ガーディアンのクロスボウを見本に、小道具の武器を作るとか。  試作品の持ち出し許可などどうやって得たのか知らないが、よほど明美との距離を縮めたいとみえる。任務のためとはいえ熱心なことだ(もしかしたら単に、学校祭にめちゃくちゃ入れ込んでいるだけなのかもしれないが)。 (1カ月見張っても、特になにも出てこねーしな。ここはセラに押しつ……任せておくか)  気温もどんどん上がってきて、だいぶ汗ばんできた。襟元を緩めながら、場所を変えようかと本格的に思案し始めた頃――
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