愚神と愚僕の再生譚
3.ある家族のかたち⑨ 母の言葉は魔法のようだった。
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◇ ◇ ◇  背中が痛い。  頭が痛いおなかが痛い腕が痛い足が痛い全身くまなくなにもかもが痛い。 「うー……」  うめき声を出すのすら、どこかしらが悲鳴を上げる。  きつめの処罰とは、グレイガン考案の究極鍛錬プログラムの試験体にさせられることだった。  8時間の鍛錬の結果、このプログラムは実用には向かないということが分かった。 「うー……」 「よしよし、つらかったわね」  寝そべっているリアムの背中に、母が優しい手つきで湿布を貼っていく。  体育館には、リアムたちの他に誰もいなかった。  母とのふたりだけの時間。本当なら、これほどうれしいひとときはない。  だけど今のリアムは、身体からだ中の痛みと向き合うので精いっぱいだった。 「うぅぅ……」 「大丈夫、大丈夫よ。すぐに良くなるわ」  母の言葉は魔法のようだった。聞けば本当に、痛みが和らぐような気がした。  うめき声と、いたわる声。しばらくは、そのやりとりだけが続き――  ようやく言葉を発せられる状態まで回復し、リアムはぽつりと口をひらいた。 「母さん」 「なあに」 「僕、父さん嫌い」 「あらあら」  困ったふうなことを、全然困っていない口調で、母。  いまだうつぶせのため確認できないが、きっと母は、のんな表情を浮かべているに違いない。いつものように。  リアムはごろりと反転し、母を見上げた。 「なんで父さん、あんなに意地悪なんだろ。わざわざ母さんに電話までかけて」  舌で口内の血をなめ取るが、出血が収まっていないため、一時の不快感を取り除くという以上に意味はない。こんな時はいつも、治癒力の高いエリザベスが羨ましくなる。 「だからそれは誤解よ。お父さんがセルウィリアのしんたいデータを探してるっていうから、知らないって答えただけ」  絵本を読み聞かせてくれた時のように、こちらの顔をのぞき込みながら、ゆっくりと母が語る。  母は本当にきれいだ。世界で一番きれいに違いない。  こうして向かい合っていると、母の髪先がこちらの顔まで垂れてくる。さらさらとした感触がくすぐったくて、心地いい。 「お父さんは、ちゃんとあなたのことを気にかけてるわ。今日だって、セルウィリアのことでリアムが焼きもちを焼いているから、今だけは目の前の息子を見てやりなさい……って言ってたくらいだもの」 「それだって」  それだって意地悪の一部だよと言いかけて、やめる。幼い自分から見ても、母はのんというかいろいろと鈍い。  リアムは表現を変えた。 「そんなわけない。父さんも僕が嫌いなんだ」 「違うわ。リアムという名前だって、お父さんが愛情込めて考えてくれたのよ」 「じゃあ僕、今日から名前変える。母さんが考えてた方の名前に」 「あらあら」  再度困ったように――でも本心では困ってなさそうに――、母。 「でもね」  間を置いて、母が続ける。リアムの本心をのぞき見るような、柔らかな笑みを浮かべて。 「そんなこといったって、リアム。本当はお父さんが大好きでしょ」 「大嫌い」  つぶやきながらリアムは悟った。  どんなに状況が変わったとしても、きっと自分と父は、ずっとこんな関係なのだろう。 ◇ ◇ ◇
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