愚神と愚僕の再生譚
5.自民族中心主義⑤ お前ら宇宙人は、地球人を見捨てないんだろ?
男が蔑むように顎を突き出し、目を細める。
「お前ら宇宙人は、地球人を見捨てないんだろ?」
「渡人は宇宙人じゃありません。宇宙人は同一次元内に存在するといわれる地球外生命体ですが、我々は別次元から渡って来た存在です――まあ、俺くらいの代だと出身も地球になりますけど」
「だからどうした腰抜けのガキが。お前らみたいな社会不適合者には、空気を吸わせるのすらもったいない。なんでお前らが偉そうに生きてて、俺がクビになるんだ⁉ 社会はどうかしちまってるっ!」
親指を下に向けるジェスチャーの意味は分からなかった。が、ありったけの敵意と男のプライドの高さだけは十分に感じ取れた。
「……そうだな。見ての通り、俺はまだガキだ」
腰を落として男と対峙する。リュートは緋剣に伸ばしかけた手を引っ込め、空手で構えた。具現化しなくとも、いざというとき刃を受け止めるくらいには役立つ緋剣だが、積極的に使うわけにもいかない。
丸腰と大差ない状況にざわつく心を抑えながら、リュートはただ語った。
「あんたはガキの俺とやり合うのが怖くて、女を盾にしている。人質がいなければ、勝ち誇ることすらできない」
この男は犯罪者。状況的に、多少暴力的な展開になるのも避けられない。まずは店員の安全を確保したかった。
ならば――
「腰抜けはどっちだよ。こんな時くらい、なけなしの度胸を見せてみろ。なあ? 社会適合者の口だけ男」
ありったけの侮蔑を込めて、鼻で嗤う。
挑発はそれで十分だった。男が目をむき、店員をこちらに向かって突き飛ばす!
「山本!」
受け止めた店員を銀貨の方に押しやり、後ろへと跳ぶ。元いた空間を男のナイフが通り過ぎた。
予想の範囲内だったらしく、男は鼻息も荒くこちらへと踏み込み、続けざまにナイフを振り下ろしてくる。すぐ後ろは商品の陳列棚で、逃げ場はない。
リュートは迷わず右腕を掲げ、そのままナイフの刃を受け止めた。
男が驚愕に目を見開く。腕を差し出したことにか、刃が肉どころか服も切り裂けなかったことに対してなのかは知らないが。
ともあれリュートは、男が戸惑いから脱する前に、彼の後ろへと回り込んだ。そして、
「これは正当防衛だからな!」
男の膝裏を力いっぱい蹴り込む。
男は前のめりに倒れ、その勢いを保ったまま、
「がふっ……」
陳列棚に顔面から突っ込んだ。
男の手からこぼれたナイフをつかみ取り、リュートは男を床へと蹴倒す。
男は不格好な受け身をとり、なおも起き上がろうとするが。
「――動くなよ。お前が勝手に動いて切れても、俺の責任じゃねーからな」
しゃがみ込み、男の喉元にナイフを突きつけた状態で。今度はリュートが警告を発した。
「くそ……防刃服、かっ……」
刃を意識してか絞り出すような声を発する男に、リュートは制服の襟をつまんで答えた。
「知らなかったか? ま、この防刃繊維は特殊だから、ぱっと見には分からねえかもな」
堕神に対しては完全に無意味だが、過激な地球人はどこにでもいる。
これは排斥派から身を護るための対策だった。防刃なのは日本だからで、アメリカなどの銃社会では、防弾対策の方が主流となる。
陳列棚のフックに引っかけたのか、男のマスクは外れ、頰が浅く切れていた。
ここにいない誰かをにらむように、男が顔をゆがめる。盛り上がった頰に押され、にじんだ血が伝い落ちた。
「くそぉ……なんで俺が。もっと使えないやつはたくさんいるのに、なんで俺がっ」
なんで俺が。
そう強く感じる時ほど、状況は無慈悲で横暴、容赦なくこちらを押し潰してくる。
「理不尽に対して、憤りを感じる気持ちは分かる」
恨み節の男に、静かに告げる。
「でもそれを声高に叫ぶのであれば、伝え方を間違ってはいけない。無関係の人間を巻き込んだ時点で、今度はお前が糾弾される側になる。お前のその憤りすら、間違いだと切り捨てられる」
刃を喉元に触れさせたまま、1ミリも離さず、
「どうしても訴えたいなにかがあるなら、間違うな」
リュートはじっと男の目を見据えた。男に、自分自身に、言い聞かせるかのように。そうしなければ、自分自身が間違えてしまいそうだから。
しかしどれだけ言い聞かせても、一点の染みが、ずっと心にこびりついて消えない。
正しい伝え方など、一体どこにあるというのか。
◇ ◇ ◇
応援コメント
コメントはまだありません