愚神と愚僕の再生譚
2.不干渉の境界線④ 迷惑極まりない遊びではある。
◇ ◇ ◇
「で」
リュートは仏頂面を浮かべた。
「どう見たって、ここは家じゃないだろ勇人様」
入り口に立ち、腕を組んで中を見据える。
滑り台にジャングルジム、鉄棒、ブランコ、シーソーと。
そこは基本的な遊具がそろっている、ごくごく一般的な公園だった。
隣に立つ勇人がこちらを振り仰ぎ、両腕をばっと広げた。右腕に掛かったスーパーマーケットの小袋――結局、勇人用のお菓子だけを購入した――が反動で揺れる。
「お前守護騎士なんだろ。だったらなんかスゴい技とか見せろよ」
「なんだよすごい技って」
「破壊光線とか」
「お前守護騎士なめてんだろ」
指で二の腕をトントンたたき、息をつく。
全く乗り気でないリュートに向かって、勇人が口先を突き出した。
「いいじゃんかケチ、なにかやれよ」
「それより女の家連れてけって」
「別に急がなくてもいいだろ」
「急ぐんだよ!」
少しでもこちらの事情が伝わるよう、しゃがみ込んで、じれた表情を見せつける。
セラの方はもう一歩踏み込んで、疑念を直接勇人にぶつけた。
「勇人君。あなた本当に、緋剣泥棒の家知ってるの?」
「『本当に』ってなんだよ。僕はお前ら汚い渡人と違って、嘘なんかつかない」
「汚い?」
片眉を上げるセラの変化には気づかず、勇人がつらつらと続ける。
「自分たちの居場所をカクホするために、適当なチカイをして地球人の生活に入り込んだズルイタチだって、父さんが言ってたぞ!」
「……へえ。なにかいろいろと誤解があるみたいね」
「セラ抑えろよ。子どもの言うことだ」
「分かってるわよ」
「だから馬鹿にするな! 僕はもう8歳だ!」
勇人の拳をひょいとかわして立ち上がり、リュートは公園内部へと目をやった。
「なんにせよ、公園の利用者は他にもいるんだ。そいつらの邪魔をする気はねーよ」
ちょうど反対側の入り口から、6人の児童が入ってきたところだ。
セラと勇人もリュートの目を追い、
「ケンジ!」
勇人が叫ぶ。
「知り合いか?」
勇人の利用する公園に来るくらいだ。知り合いだとしても不思議ではない。
児童のうち5人は、玩具の剣らしき物を手にしており、残るひとりを皆で追いかけ回している。
「鬼ごっこね」
「ああ、あれがそうなのか」
複雑な面持ちでつぶやくセラを見て、リュートは初等訓練生の時に習った、日本の文化を思い出していた。
元々は、鬼がそれ以外の者を追いかけ捕まえる遊びだったらしいが、『鬼』と呼称される存在が実際に現れてから、そのルールに変化が生じた。
追われるのは鬼で、追う側は狩りのための武器を持つ。もちろん遊びである以上、武器は見た目だけの演出で、当たっても痛くない物を使うのが基本だとか。
とはいってもやはり、そこは危ないことをしたがるのが子どもの性。
硬い物を武器に見立てて怪我を負い、それは突き詰めれば守護騎士のせいだと親が批判してきたりするのだから、渡人側としては迷惑極まりない遊びではある。
勇人がどんと片足を踏み鳴らす。
「あいつら、またケンジに鬼やらせやがって! 嫌がってるのに」
「――の割には、自分から参加してるように見えるぜ」
指摘すると、勇人はじれったそうにこちらをにらみ上げた。
「ハブられないように嫌々やってんだよ! 分からないのか⁉」
「そうなのか? なんつーか、お子さまの世界も大変なんだな。よくやるよ」
淡々と感心の言葉を述べるリュートに、勇人が眉をひそめる。
「止めないのか? 鬼役がヒドい目に遭ってるのに」
「ああいうのは判断が難しいんだ。明らかな犯罪だったら、まだ介入の余地はあるんだが……」
鬼役――ケンジに振り下ろされた刃が、ぐにゃりと曲がるのを見据えながら、続ける。
「あの剣は柔らかい素材みたいだし、本人の親たちが気にしていないなら、おいそれとは口出しできないな」
「なんだよそれ。よく分かんないけど、嫌がってるのに止めないなんておかしいだろ! 腰抜け! 人でなし!」
そう言われても、リュートには動きようがない。助けを求めるようにセラを向くと、彼女も困ったように肩をすくめた。
「もういい、僕が行く!」
「ちょっ、おい勇人!」
駆けだす勇人に手を伸ばし、舌打ちする。勇人に対してではない。
訓練校内では求められない類いの判断が、いちいち心をかき乱すのだ。
ひとつなにかに誠実であろうとするたびに、際限なくしがらみが増えていく。
だから、むやみやたらと介入しないというのは、適切な判断のはずだ。
はずだが。
常に地球人とのもめ事を避けることばかりを考え、深入りはしない。困っている人を助けるとか、そういう根本的なところよりも、まずは批判要素が出ないかを検討する。
そうしていくうち、いつの間にか、行き過ぎた事なかれ主義に陥ってしまっていたのではないか……?
「……くそ、いちいちめんどくせえっ」
リュートは足を踏み出した。
◇ ◇ ◇
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