愚神と愚僕の再生譚
3.ある家族のかたち⑧ 僕が!
巨体を覆う、真っ赤な服に真っ赤な帽子。後ろからなのではっきりとは分からないが、白い髭らしきものもある。さらには白くて大きな袋を引きずっており、これ以上ないというくらいサンタであった。
(やっぱり本当にいたんだ!)
一瞬――ほんの少しだけ感動し、すぐに恐怖と怒りが頭を支配した。
(あいつがセルウィリアをさらった……!)
お願いしたのは自分だが、それを差し引いてもトナカイに食わせようとするのはひどい。
サンタを見つけたときの段取りはまだ決めていないはずなのに、身体は勝手に動いていた。
(助けなきゃ。セルウィリアを助けなきゃ!)
足を止めたサンタは、なにか独り言をつぶやいているようだが、髭が邪魔しているのかよく聞き取れない。
リアムは忍び足でサンタとの距離を詰めると、カートリッジを緋剣に挿し込んだ。血の刃が――今までにないほど鋭い刃が形作られる。
(これならいける!)
走りだし、サンタの背後を取ったところで思い切り踏み切る。
(僕が! セルウィリアを取り戻すんだ!)
サンタが振り向く。リアムはサンタの頭上から緋剣を振り下ろした。
「セルウィリアを返せぇっ!」
「ああんっ⁉」
不機嫌にこちらを見返すその顔は――なぜかグレイガンだった。
「え?」
思考だけが停止する中、時間は残酷に動いていた。
凝固の解けかけた緋剣がグレイガンの額をかすり、彼が振り向きざまに放った拳がリアムの脇腹を捉える。
床にたたきつけられ、リアムは声なき悲鳴を上げた。液体に戻った刃が床に血だまりを作っていたため、浸った髪が血まみれになった。
「お前かぁ、イカ墨小僧」
血のようにねっとりとした口調で、グレイガンがリアムを見下ろす。
荒い呼吸を繰り返し、なんとか声が出せるようになると、リアムは寝そべったままグレイガンを見上げた。
「グ、グレイガン先生? なんでサンタの格好なんか……」
「クリスマスサプライズだよ」
答えは背後からやって来た。
振り仰ぐとそこには、聖者のような笑みをたたえた父の姿。
「クリスマスを祝おうとする、君の姿に触発されてね。地球人の文化に親しむのは、好意を示す手段としては悪くない」
一瞬にして悟った。駄目だと。
しかし、なにが駄目なのか分からない。その判断にたどり着く理由が見つけられない。今日の記憶が一気に頭の中を巡り、入り乱れ、結局なにもまとまらない。
すでに呼吸は整ったのに、口がぱくぱくと動きをやめない。まるで、空気を吸えば理由が見つかるとでもいうように。
「おいイカ墨」
今度は前方から声をかけられ、リアムは慌てて顔を戻した。
グレイガンも父同様笑っていた。ただし、
「血液干渉、うまくできるようになったじゃねえか。なあ、おい?」
額から一筋の血を流しながら舌なめずりをする、悪魔のような笑みだったが。
身の危険を感じたリアムは、ばっと立ち上がった。この不運な出来事をなんとかしてもらおうと、この場で一番の権力者――つまり父に向かって助けを求めた。
「違うんです、学ちょ――」
「リアム君」
切実に訴えようとするこちらの言葉を、父はぴしゃりと遮った。
「君がグレイガン先生に対して並々ならぬ憎悪を抱いているのは、非常に残念なことだ。妹に悪影響が出ないよう、たっぷり矯正してもらいなさい」
「な……んだよそれっ!」
ようやく理解する。この不運な出来事は、意図的に仕掛けられたものなのだと。
(学長だから悪ふざけをするはずがない? なにを考えてたんだ僕!)
そんな証明式、父に当てはまるはずがないのに!
リアムの絶望をよそに、グレイガンは怒りのボルテージを上げていく。手の五指を邪悪な触手のようにうごめかせ、
「デコもじりじり痛むしよお。これはちぃっと、きつめの処罰が必要だよなあ?」
リアムは祈った。
サンタさんお願いです僕をさらってください今すぐに。
◇ ◇ ◇
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