愚神と愚僕の再生譚
1.守護騎士来校④ どうやら守護騎士という存在は、思っていた以上に注目の的になるらしい。
◇ ◇ ◇
「――はい、今日はこれで終わりです。古文法は絶対暗記事項なので、各自きちんと復習しておくようにね」
4限目終了のチャイムとともに、古文の女教師が教室を出ていく。黙々とノートを取っていた生徒たちはせきを切ったようにしゃべりだし、教室内に活気が戻った。
そんな中リュートだけが、不機嫌に窓の外を見ていた。
(あー……まだ2限も残ってるじゃねーか)
訓練校でも座学はあるが、学年が上がるとともに、実技が授業に占める割合の方が大きくなっていく。
昔はともかく今の身体は長時間机に向かうことに慣れておらず、つまりなにが言いたいかというと、襷野高校の授業体制は思っていた以上に、リュートにとってきつかった。
(あー……帰りてえ)
昼食を取る気にもなれない。
頰杖を突きながら、ただただ緩やかに流れていく雲に視線を合わせ――
ぼこっ。
側頭部に軽い衝撃と、引っかかれるような小さな刺激。続いてなにかが床に落ちる音。
さして痛くもなかったので、ただ状況を確かめるためだけにリュートは振り向いた。
今日は欠席なのか、隣の席には誰もいない。
しかし、そのさらに隣の席。そこからこちらに向け、じっと視線を注いでいる少女と目が合った。
マスカラだかなんだかを付けているのだろう。化粧っ気のある、ややきつめの印象を受ける少女だ。明るい茶髪の一部が尻尾のように、頭の上部でまとめ上げられている。
少女が立ち上がり、口を開く。
「ごめん」
謝罪の言葉であるはずなのに、そこには申し訳なさの欠片も感じられなかった。
少女はリュートのそばまで来ると、腰をかがめて床に落ちていた物を拾った。
必要以上に華やかで大きい、布地のペン入れ。ぶつかった時に金具にでも引っかかったのか、リュートのものらしき黒髪が数本絡まっている。
少女はそれを、汚らわしいもののようにつまんで床に落とし、
「手が滑って飛んじゃった」
どうやったら手が滑ってペン入れが飛ぶのか。
瞬間的にそんな疑問が思い浮かぶが――
いつの間にか教室中が静まり返り、全ての生徒がリュートと、相対する少女とを見ていた。
視線を痛いほどに感じる。どうやら守護騎士という存在は、思っていた以上に注目の的になるらしい。
そんな見世物小屋の動物のような状態が心地良いはずもなく、リュートはかすかに顔をしかめた。
それが自分に対する反応だと思ったのか、少女は静かに笑みを浮かべた。
「でも、あっさりよけるのかと思った。あんた守護騎士だし」
そして手にしたペン入れを弄びながら、
「……異界の野蛮人も、大したことないんだ」
ぽつりと付け加える。その言葉から侮蔑を、ゆがめた口元から嘲笑を感じ取り、リュートは片眉を跳ね上げた。
「へえ」
要するに、目の前の少女は排斥派なのだろう。
神僕が地球人の前に姿を現したのは、今から35年前。堕神の幻出で世界が大混乱に陥っていた時だ。突然現れては見境なく暴れる堕神は、地球人にとって恐怖の対象でしかなかった。
――実際のところ、堕神は無機物だろうが有機物だろうが、この世界のあらゆるものに触れられない。よって地球人に害が及ぶ可能性は限りなく低い。そのことは彼らも、堕神の幻出後すぐに推察できたであろう。
しかし地球人は、それが存在すること自体に耐えられなかったらしい。神僕が堕神を狩るため箱庭――地球人の世界に渡って来た時、彼らは触れもしない化け物を、半狂乱になって殺そうとしていた。せめて得体が知れない恐怖から逃れるためか、デーモンや鬼などと名前を付けて。
地球人が堕神に対して強い敵意を抱いていたことは、神僕にとって都合が良かったといえる。幻出した堕神を狩ることで、神僕――渡人は地球人に受け入れられた。
堕神の出現から13年後には、カルテンベルクの誓いで『渡人』の権利と義務が明確化され、共生すべき存在と公式に認められもした(それまでは、地球人とは異なる世界に住む『人間』ということすら、ろくに認めてもらえなかった)。世界守衛機関が発足し、鬼の排除を目的とした、渡人のための訓練校も創設された。
……しかし同時に、嫌悪対象としての地位も確立してしまった。鬼も渡人も、異界の住人であることに変わりはない。
鬼の出現に対処するため、国際関係はある程度の協調が進み、紛争の多くも、なし崩し的な収まりをみせていた。
が、半端に押し込められた悪感情は、次の矛先を探す。
誰がスケープゴートに適するか。
そんな状況であるから、排斥主義者も当然出てくる。彼らの中では渡人などしょせん、化け物を狩る化け物でしかない。
――渡人は脅威だ。自ら放った鬼を狩ることで人類の油断を誘い、いずれは地球を征服するつもりだ。生物としての機能が渡人に劣る以上、人類は早急に反撃の手だてを講じなければならない……などといった主張を、彼らは署名活動やデモ、時には渡人への暴力行為で訴える。
また、鬼の保護を唱え、渡人に辛辣な態度を取る者も存在する。こちらは鬼の生命権確保を主目的としているため、排斥主義というよりは保護団体的な位置づけなのだろうが。
初対面の人間の主義主張など知る由もないが、恐らく少女はそういった排斥派の類いなのだろう。程度の差こそあれ。
(くそ、めんどくせえやつに引っかかった)
いら立ちに任せて、つい目の前の少女に反論しそうになるが――
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