愚神と愚僕の再生譚
5.自民族中心主義② そんな簡単に縁が生まれてたまるか。
◇ ◇ ◇
駅を出て、人の目がないことを確認してから。
「あー、ちっくしょうっ」
腹立ち紛れに鞄を振り回す。
スマホ男の視界から逃げ出したものの、移動後の車両でも視線が気になってしまい、結局なにも勉強できなかった。
(なんなんだよ、俺がなにしたってんだよ! マジでむかつくっ!)
リュートは乱暴な手つきで、再び日本史のノートを取り出した。
ながら歩きは地球人に撮られたときが怖いが、電車での時間を無駄にしたのが無性に悔しくて、埋め合わせをしなければ気が済まなかった。なんの意味もない泥沼の意地だと分かってはいても、挽回しなければこの腹立たしさは収まらない。
地球人が近づいてきたらすぐに閉じる心構えで、リュートはノートを開いた。ページに目を走らせ、記憶が怪しい箇所を、これが最後という思いで頭にたたき込む。学期末どころか明日まで持つかも怪しい短期記憶だが、取りあえず今日がしのげればそれでよかった。
(……にしても本当、セラさまさまだな)
たまに理不尽に思うこともあるが、これだけは素直にうなずける。セラは優秀な学生だった。堕神排除のために授業を抜け出した分に関しては、いつもセラのノートを写させてもらっていたのだが。
分かりやすい。
リュートなどより格段に、ノートにまとめるのがうまかった。あまりに分かりやすいので、むしろ丸ごとコピーさせてほしいところだったが、努力の放棄云々の長い長い説教を受けて以来、そのお願いはしていない(あの時は貧血で倒れるまで解放してもらえなかった)。
素敵な学生ライフ(?)の思い出に引っ張られつつも一通り、日本史の確認が終わったところで。
「おはよう龍登君!」
「…………登校するにしては時間が早いな。なあ、山本銀貨?」
背後からかかった明るい声に、うんざりと――心の底からうんざりと、リュートは応じた。
疎まれている自覚があるのかないのか、銀貨はにこやかな顔でリュートの横に並び、歩を進める。
「テスト勉強のためだよ。龍登君は仕事のために?」
「ああそうだ。そういう訳で急ぐから」
素早くノートを鞄にしまい、ひとり先を急ごうとしたところで、手首をはしっとつかまれる。
リュートは立ち止まり、双眸にじとっとしたものをたたえて振り返った。やんわりと銀貨の手をのけながら、
「そーいう引き留め方は、いたいけな子どもとか、かわいい女の子とかにやってほしいね。お前がやっても、ただただ不快」
「じゃあ須藤さんならいいの?」
「あれは物理的なダメージを伴うから、別枠で無理」
腕をつかまれた時の痛みを思い出し、肩をぶるっとすくめて歩きだす。銀貨もそれに続いた。
「ねえ龍登君。ここであったのもなにかの縁だと思わない?」
「そんな簡単に縁が生まれてたまるか。俺はもっとちっさく生きたいんだ」
「実は須藤さんのことで、相談があるんだけど」
早足になる。銀貨も合わせて早足に。
「あのね、僕――」
「やめろ話すな相談するな。もう少し行った角の家に、毎朝俺に吠えてくる犬がいるから、そいつにでも聞いてもらえ」
「僕、須藤さんと仲直りしたいんだ!」
「すればいいだろご自由に!」
「龍登君に協力してほしくて!」
「俺はそういう仕事は請け負ってない!」
「守護騎士としてじゃなく、ひとりの友達として頼みたいんだ!」
「赤の他人として断固拒否するね!」
「お願いだよ! もう罪悪感で苦しいんだ!」
「俺は今この瞬間が苦しい!」
「え、風邪かい? 大丈夫?」
「お前が鬼だったら遠慮なく斬れるのにっ!」
緋剣の柄を握り、ばっと銀貨を振り返る。じっとにらみやっても、ひるむ気配はない。
「……はあ」
リュートは根負けして歩みを再開した。
「……仲直りなんて、勝手にすればいいだろ」
「それが、ちょっと複雑で……」
口ごもる銀貨の表情が、ふっと陰る。
「入学して間もないのに、もう複雑な喧嘩したのかよ……」
「須藤さんとは中学が同じなんだ……あと、角崎たちも」
ギリッと歯をきしませ、銀貨がぽつりぽつりと話しだした。
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