愚神と愚僕の再生譚
1.垣間見える幻妖⑦ 振り向いて確認するより先に、答えが出た。
「残魂?」
「命を終えた地球人の魂は、新たな命へと生まれ変わる。彼らに宿った私の魂が、新たな命に宿るようにな。だがその際、私の魂が地球人のそれと分離してしまうことがある。そうなれば、彼らの魂は命のサイクルに取り残され、地上をさまようことになる。それが残魂――いわゆる幽霊だ」
聞き返したため知らないとでも思ったのか、女神が丁寧に説明してくる。
が、その存在については訓練校で学ぶので知っていた。リュートが疑問符を浮かべたのは、知識の上での残魂と、目の前の残魂の外見が乖離し過ぎているからだった。
残魂はいわゆる鬼火や、生前の姿で世をさまよう。堕神の姿をした残魂など、聞いたこともない。
「なんで残魂が堕神の姿をしてるんだよ」
「未練に関わってるのかもしれないな」
「未練ねえ……」
未練と堕神。安直な線でいけば、堕神に殺された、というところだが。
(殺されるどころか、傷つけられた地球人すらいねーだろうし、違うよな。となると……堕神を模したかった? 理由は……強いから、とか?)
いまいちまとまらない。元々、残魂の対処は渡人の管轄外だ。自分ごときが考えたところで、そう簡単に結論へとたどり着くはずもないが……
「やべ」
いつの間にか堕神――いや、残魂の赤い《眼》がリュートたちを向いていた。
残魂は感情の読めない瞳で、じっと視線を送り――机を蹴散らしながら、こちらへと突進してきた。
(っ! 取りあえず顕現の線はなくなったし、ひとまず退却か)
女神の腕をつかもうと手を伸ばす。が、そこに予想していた感触はなく、空振りする。
「?」
女神の右手はどこにあるのか。
振り向いて確認するより先に、答えが出た。
「来るぞ、防げっ!」
鋭く命令する声。同時に背中を――ほとんど殴られるほどの勢いで――押し出される。
「ぅえちょっ⁉」
つんのめる先に残魂が迫る。止まりたいが止まれない。
「くそっ……」
一撃は食らう覚悟で、片腕で顔をかばうようにしながら、右手を剣帯へと伸ばす。
事情を知らぬまま残魂とやり合うのは気が引けるが、逃げるために緋剣を抜くのはやぶさかではない。
が、ぶつかると思った瞬間、残魂の姿がかき消えた。
数歩たたらを踏んで、体勢を整えるリュート。剣柄を握ったまま、しばらくは警戒に目を走らせるが。
「消えた……?」
独り教室内に取り残される形で、つぶやく。
少し緊張の糸が緩んだところで、
「逃げたようだな」
教室の外から聞こえてきた言葉に、即座に青筋が立つ。
「お前なっ!」
リュートは駆け戻り、犬歯をむき出し女神へと詰め寄った。
「なんてことしてくれんだよ!」
しかし女神は疑問符を浮かべるだけだ。リュートの怒りのポイントが、心底理解できないらしい。
「なんだ? どうしてそう不満げだ?」
「今の流れのどこに満足できる要素があったんだよ⁉ いきなり押すなよ危ねえだろーがっ! 俺をなんだと思ってんだ⁉」
「盾だ」
「そーかそーだなお前はそーいうやつだった!」
地団駄踏んで頭をかきむしる。髪の毛までむしり取りたい衝動だけはなんとか抑え込み、リュートは呼吸のリズムを取って心を落ち着かせた。
「あーくっそ。むかつくマジむかつくありえねえくらいむかつくでも我慢しろよ俺」
「貴様は独り言が多いな。少し気持ち悪いぞ」
無自覚に追い打ちをかけてくる女神をじろりとにらんだその時、どこからか、駆けてくるような音が聞こえてきた。足音は少しずつ大きくなり、こちらへと近づいている。
嘆息し、リュートは両手を投げ出した。
「まあとにかく……テスターたちと合流して、とっとと帰って報告だな」
それはその時は、それだけのことだった。
◇ ◇ ◇
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