愚神と愚僕の再生譚
3.ある家族のかたち④ なにを反省すればいいのだろう。
◇ ◇ ◇
並ぶ英単語。無駄に難しい説明文。
小さな画面を凝視しながら、親指の爪をがじがじと嚙む。
(無理だこんなの!)
開始5分で電子辞書の画面を閉じ、リアムは机に突っ伏した。
四人一部屋の寮室は、普段めったにないほどの静けさを見せていた。
レオナルドを含めたルームメート3人は皆、親と面会中。午後の自由時間を持て余したリアムだけが、寮室でむなしく課題に取り組んでいた。
「うう……」
寒さに身震いし、羽織っていた膝掛けをぎゅっと身体に巻きつける。
壁掛けの温度計が示す気温は、10度。まだ暖房が許されるラインを超えていない。
リアムにはよく分からなかったが、地球を熱くする原因――二酸化炭素とかなんとか――を渡人が無駄に出さないよう、地球人が目を光らせているらしい。だから冷暖房をつけてもよい気温というのが、決まっているのだけれど。
(こんな寒くても暖房つけれないなら、いっそのことガンガンに熱くなればいいんだ)
打ち捨てられた子犬のように震えながら、リアムは手のひらを机の下でこすり合わせた。かじかむ手では字も書けない。
おでこを机から離し、考える。人の集まる談話室なら、特別に暖房がついているはずだ。
面会に来た親と話すクラスメートたちに交じり、ひとりペンを握る自分の姿がたやすく想像できた。
「……ここでいいや」
談話室はきっと、うるさくて集中できないだろうし。
楽しくもない想像を振り払おうと、シャープペンシルを片手に、白紙のノートと向かい合う。
(よし、頑張るぞ)
そもそも内容も決まっていないのに、いきなり英文を書こうとしたのが間違いなのだ。
(まずは日本語で文章を考えよう)
それはいい思いつきのように感じて、俄然やる気が湧いてきた。
そしてすぐに行き詰まった。
(反省って言われても……)
なにを反省すればいいのだろう。
「えーっと……集中力がなくて、テストに失敗したことを反省いたします……以上?」
(短っ! やっぱ無理!)
ノートの走り書きを読み返し、心の中で悲鳴を上げる。
言葉を探してリアムは宙を見上げた。
目に入ったのは天井――ではなくベッドの裏側。二段ベッドではない代わりに、高く作られたベッドの下スペースに、それぞれの机が置かれているのだ。
「うー」
ベッドの裏側に答えなど見つかるわけもなく、眉がハの字に曲がっていく。
頭のすぐ上に天井――ではなくベッドだけど、正確には――があるので、机に向かう時は窮屈な感じがする。
それがいつにも増して強く感じられ、よくよく見たらベッドの裏側が近づいてきている気がして、もしかしたらこのベッドは少しずつ落ちてきてるんじゃないかと思えてきて、そうなれば早くどかないと自分は潰されてしまうわけで……
「駄目だ……」
真面目に考えることから頭が逃げている。電子辞書にどれだけの言葉が詰まっていても、頭が空っぽなら役に立たない。
(だいたい、それもこれも全部あいつのせいじゃないか。あいつのせいで、僕は集中できないんだ)
自分ばっかり嫌な目に遭って、周りはそれを分かってくれない。
リアムは歯ぎしりとともに、天井から目をそらした。
机の隅には、母に渡すつもりだった靴下と、自分用の靴下。
それらを視界に収め――リアムはひらめいた。
「そうだ!」
机にかじりつくようにしてペンを走らせる。さっきとはスピードが段違いだ。
「これでよし……と」
ペンを置き、リアムはノートのページを切り離した。満足げに読み上げる。
「拝啓サンタ様。お疲れさまです。僕は地球人でもないのに、来てくださりありがとうございます。ところでお願いがあります。プレゼントは要りません。代わりにセルウィリアを持っていってください。僕は妹なんて欲しくありません。でもひどいことはしないでください。サンタさんの助手にしてあげてください。人手が増えれば、サンタさんのお仕事も少しは楽になるかと思います。それでは、お身体に気をつけて。リアムより……うん、完璧」
あいつが邪魔なら、サンタに回収してもらえばいいのだ。母さんはサンタが好きだし、あげちゃっても大丈夫だろう。
「あー、ちょっとすっきりした」
本気の願いではないが、書き出したことで気分は持ち直した。
「よし、反省文頑張って書くぞ」
サンタへの手紙を靴下にしまい込むと、リアムは張り切ってペンを握った。
◇ ◇ ◇
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