愚神と愚僕の再生譚
2.地球人と疑惑と渡人⑬ 突拍子もない話だ。
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「今年度に入ってから、たすき高校でのげんしゅつが急増したこと。にもかかわらず、休日における高校でのげんしゅつ数は、平均の域を出ないこと。そして高校付近でも、げんしゅつが急増した区域があること。そこでの異常げんしゅつは、たすき高校のそれよりも早くから確認されていること――これらの条件に合致するのは、この近辺の特定区域に住み、休日には活動のない部活動に所属する――または部活に無所属の――新入生」 「それが須藤ってことか」  ようやく話が冒頭につながった。 「でも須藤が原因だとして、だ。しんを呼べるとして、一体なんのために呼ぶんだよ」  率直な疑問をぶつけると、セラは大きく息を吐いた。リュートに刺さった注射針を引き抜き、投げやりに両手を広げる。 「分かりません。あくまで疑惑の段階ですし、なぜもっと前でも後でもなく、今なのかも不明です。そもそも、意図してのものなのかも怪しいです」 「どういうことだ?」  抑えた声の調子を戻しながら、注射の痕を無意識に指でなぞろうとし、セラに手首をつかまれる。殺菌していない指で傷口を触るなということだろう(そもそも無駄に注射針を刺すなとも思うが)。  セラはリュートから手を離し、続ける。 「なんらかの方法で、本人の意思で呼び出している可能性もありますが……それよりもしんを呼び込んでしまう、特異体質の可能性の方が高いかと」 「? そんな体質あるのか?」 「本来、地球人には女神様の因子は含まれておりません。だからしんは彼らの魂にかれても、積極的な攻撃対象とすることはありません」  それくらいのことはリュートも知っていた。だからこそ理解できなくて眉をひそめる。  が、疑問を口に出す前に、セラが再び身を乗り出してきた。自分の仮説に興奮しているのか、声量が戻っている。 「でも女神様がしんぼくを連れてこの世界に来たことで、もしなんらかの形で、女神様の因子が組み込まれた地球人が生まれたなら? そしてその因子が、私たちのもつ因子よりもはるかに強力な、次元をつないでしまうほどのものならば?」 「女神を殺そうとするしんが、引き寄せられてもおかしくない、か?」  後を続けてから口を閉じる。突拍子もない話だ。  しかしもしそれが本当で、女神の因子をもつ地球人が他にもいるのなら……大変なことになる。しんはこちらから呼び込めば、多重げんしゅつが可能だ。事前に包囲した上で意図的に呼び出すのならまだしも、いつどこに多重げんしゅつするのか分からない状況で、地球人をまもらなければならない。つまり、リュートたちしんぼくの負担が跳ね上がることになる。  突飛な話と一笑に付すのは簡単だが、いざというときの代償が大き過ぎる。 「つまり須藤は監視対象でもあり、保護対象でもあるってわけか」  リュートたちと同様に因子をもつならば、しんは明美にれることができる。もちろん攻撃することも。 (めんどくせえ。頭が痛くなってきた……)  実際にこめかみを押さえながら、リュートは念のためにはんばくした。 「その割に、須藤がしんに襲われた場面には、俺は遭遇してないけどな」 「だから彼女の自発的な召喚という可能性も、低いですが捨てきれません。学長にこの仮説を申し上げたところ、しばらくは彼女を監視して探れ、とのことでした――もし自発的な召喚なのであれば、彼女を拘束しなければ……」  神妙につぶやくセラに、訂正を入れる。どこか乾いた口調で。 「特異体質であっても、どうせ拘束するんだろ」 「そこは学長のご判断によりますが……」  言葉は濁していたが、彼女の表情が全てを物語っていた。  リュートは侮蔑的な笑みを浮かべ、あえてその先を引き継いだ。 「そりゃあ拘束するよな。故意であろうとなかろうと、女神の意に背く者をあいつが野放しにするはずがない」 「……それが、しんぼくの役目ですから」  不信心な態度を厳しくとがめられるのかと思いきや、セラは小声でたしなめてくるだけだった。  チャイムが鳴り、話し声とともに複数の足音が近づいてくる。5限目で視聴覚室を使う生徒たちだろう。  授業の開始には、間に合わなかったようだ。 ◇ ◇ ◇
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