愚神と愚僕の再生譚
1.垣間見える幻妖⑩ これどうすりゃいいんだよ。
◇ ◇ ◇
「変態なんだ」
「お前が?」
「違うっ! 俺に憑いてる残魂が!」
リュートは両手を机にたたきつけ、思いの外響いた音に背後を向いた。
司書室の外――図書室内の席では、部員が読書中だ。司書室に最も近い場所に座る明美が、音を拾ったのか、窓越しにいぶかしむような目線を送っている。
リュートは軽く手を上げてわびると、机へと向き直った。
目の前では、セラが採血用の注射器を手にしたままで、テスターは左腕をセラに預けた状態で、こちらの言葉を待っている。
注がれる二対のまなざしに向けて、リュートは左腕を突き出した。一段階声量を落としながら、
「さっきの体育も事あるごとに、このクソ幽霊が引っ張ってきたんだよ――女子生徒のいる辺りに向かってな! おかげで俺は変な目で見られてるんだ!」
「変な目っていうか、まさに変態を見る目で見られてたよお兄ちゃん」
「言っとくけど俺だけの問題じゃねーからな渡人の心証も悪くなるんだからな!」
「大丈夫よ。今はまだ心を病んだ少年への、哀れみのまなざしも残ってるから」
「俺もう学校辞めてもいいかな⁉」
知ったふうに注射器を掲げるセラに心の叫びを返すが、彼女は無慈悲に無視して採血作業を再開した。
リュートは手近な丸椅子を引き寄せて座り込むと、机の反対側から懇願するように問いかけた。
「なあどーすんだよ。これどうすりゃいいんだよ」
「って言われても」
「残魂となると、渡人は守備範囲外だしなー」
交互に、困ったように上を向くふたり。
リュートも追って天井を見上げ、大きく息を吐いた。ふたりが正論を言っているのは分かっていた。
渡人は基本的に、残魂に直接的な関与はしない。
霊媒師の類いと縄張り争いになるのが馬鹿らしいというのもあるが、女神の魂が離れた地球人にまで、気を回す余裕はないというのが一番の理由だ。
残魂を見つけたら、専属契約を結んでいる霊媒師たちに連絡し、対処を頼むことになっている。無論のこと女神の魂については秘匿事項であるため、『心霊現象』を観測したという体での依頼だ。
「学長には知らせたんだろ?」
テスターの問いに、視線とともに声のトーンも落として、答える。
「……ああ。霊媒師に連絡取ってくれるらしい」
「じゃあ待ってりゃいいじゃん。今日は学際準備の居残りもないし、明日は土曜だ。うまくいけば休み中に解決する。不安になることないだろ」
「セシルに任せてただ待つだけってのが、一番不安になるんだよ」
今はおとなしい左腕に手を添え、そわそわと首を動かす。
「あの女神狂いのサディスト、いつか本当に――」
「お兄ちゃん」
ちょうど採血を終えたセラが、警告の声を短く発し、司書室の扉を目で指し示す。
ガチャリと扉の開く音に、リュートが顔だけで振り返ると、
「あ、ごめん。ノックした方がよかったかな」
気まずそうに頰をかきながら、クラスメート――山本銀貨が顔をのぞかせていた。
「いや、問題ない。なにか用か? 司書教諭なら別の部屋だぜ」
準備室のある方を親指で示すと、銀貨は目をまばたかせた。
「あ、じゃあそっち行った方がいいか。入部届の用紙をもらいに来たんだけど」
言ってから、こちらの表情からなにを読み取ったのか、うかがうように付け足してくる。
「僕、読書部に入ろうかと思うんだ。駄目かな?」
「……いいんじゃねーの別に。個人の自由だし俺はどっちでも構わねえしそもそも俺には関係ねえし」
「そんな、あからさまに嫌そうな顔で言われても」
「嫌じゃねえって」
たとえ説得力はなくとも、それは本当だった。ただ『銀貨すなわち面倒事』という印象が強すぎて、近くにいるだけで漠然とした不安を覚えるだけだ。
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