愚神と愚僕の再生譚
3.ある家族のかたち⑤ クリスマスの奇跡
◇ ◇ ◇
クリスマスの奇跡というものは、本当にあるのかもしれない。
そう思ったのは、寮室でレオナルドの言葉を聞いたからだった。
「え?」
「だから、お前の母ちゃん来てるってさ」
理解の遅れるリアムにいら立ったのか、レオナルドが口早に同じ言葉を繰り返す。
クリスマスの朝。昨日に引き続き、どうせ今日もひとりだろうと思っていたら、どういう訳か母が来ているという。
「……どこに⁉」
部屋の扉と挟み込むような形で、リュートはレオナルドに詰め寄った。
「だ、談話室で待ってるってさ」
圧され気味に答えるレオナルドには目を向けず、リアムは自分の机へと駆け寄った。
机上にある母向けの靴下を引っつかみ、レオナルドの元へと舞い戻る。そしてそのまま彼を押しのけた。
「おい、教えてやったんだから礼くらい言えよ!」
言葉を背に、リアムは部屋を飛び出した。
◇ ◇ ◇
バンッと勢いよく扉を開け、リアムは談話室に足を踏み入れた。騒がし過ぎたのか、室内の視線が一挙にリアムに集中する。
広い室内に並ぶ、いくつものテーブルや椅子。そこに座る、何十組もの親子の視線にさらされてたじろいだものの、リアムは輝くような金髪――母の髪は他の人の金髪よりも輝いていると信じていた――を探して目を凝らした。
入り口付近に、焦がれていた姿を見つけ、心が跳ね躍る。
「母さん!」
母は壁際のソファに座っていた。リアムに向かって手を振っている。
今すぐ行かねば霞のように消えてしまいそうで、リアムは全力ダッシュで母の元へと急いだ。
母の隣の席にぴょんと飛び乗ると、母は頭を優しくなでてくれた。
「リアム。昨日は来られなくてごめんね」
向けられる微笑みがくすぐったい。
そしてふと、熱を出していたという妹の様子が気になった。が、
(母さんが来たってことは、大丈夫か)
妹のことを持ち出して、せっかくのふたりきりの時間に水を差すこともない。
頭に触れる手の感触を、十二分に堪能する。
と、母が確かめるように、手のひらでぽんぽんと頭をたたいてきた。
「久々に会ったからかしら。なんだかリアムが大きく見えるわ」
気づいてもらえたのがうれしくて、リアムは鼻高々に答えた。
「へへ、僕また背が伸びたんだよ。クラスで一番高いんだ」
「そうなの。これからが楽しみね」
母に言われると倍うれしい。
(やっぱオトコは背が高くなくっちゃ!)
揚々と握った拳から伝わる感触に、思い出す。
(そうだ、忘れてた)
リアムは靴下を握っている右手を差し出した。
「メリークリスマス、母さ……あれ?」
眼前の靴下に違和感を覚える。お菓子をいっぱい詰めたはずなのに、靴下はぺたんこだ。
(これ、母さんのじゃない!)
「どうしたの?」
目をぱちくりする母を見上げ、リアムはソファから立ち上がった。
「靴下間違えちゃった。母さん、ちょっと待ってて。すぐに母さんの靴下取ってくるから!」
「慌てなくていいわよ。ちゃんと待ってるから」
そうはいっても、取りに行った分だけ母との時間が減る。
リアムは急いで談話室を出て、廊下を駆け抜けた。
(僕ってば、なにやってるんだ!)
せっかくプレゼントを渡して驚かせようと思ってたのに、台無しだ。
(とにかく早く寮室に戻って――)
どんっ、となにかにぶつかり尻もちをつく。目に入った両足から、誰か先生にぶつかってしまったらしいと分かり、リアムは立ち上がりながら謝罪した。
「すみませ……」
言葉が途切れる。顔を上げて目が合ったのは、父だった。
「すみません、学長」
廊下は走るなと叱られるだろうか。どぎまぎしながら立ちすくむ。
父はリアムと視線を交わした後、
「君はいつもなにかを落とすな」
リアムの足元へと視線を落とし、静かに告げた。
「あ……」
落ちていたのは、母用のものと間違えて持ってきてしまった、リアムの靴下。
リアムは、履き口から飛び出たノートの切れ端に目を留めて、ぎょっと目を見開いた。そういえば、サンタへの手紙を入れたままだった。
慌てて拾おうとするも、やましい思いが伝わったのか、父がさらうようにして靴下を拾い上げた。
リアムの顔が、さあっと青ざめる。
「あの、それは、その……」
父は無視して紙を取り出し、文面に目を通し始めた。
(ど、どうしよう……)
妹を追いやろうとしたなんて知れたら、一体どんな顔をされるだろう。
怖くて仕方なくて、リアムはうつむいた。なんて馬鹿なことを書いたんだろう。
リアムを裁く言葉が、頭上から届く。
「誰だね、このセルウィリアというのは」
「……え?」
不意打ちも不意打ち、考えていたどのパターンにも当てはまらない言葉に、リアムの思考回路は停止した。
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