愚神と愚僕の再生譚
2.地球人と疑惑と渡人③ リュート様っ!
改めて思い返し、苦々しくうめく。
「そう、だな……」
「そうそう、ひとつ学んで良かったじゃん」
ぺろりと唇をなめ、テスターはスプーンを引っ込めた。皿に残ったカレーライスをかき集めながら、
「あ。ひょっとしたら学長も、そう戒めるためにあえて黙ってたりして」
「……本当にそう思うか?」
「まっさか」
悪びれもせずに即答する。
リュートが肩をこけさせると、テスターはスプーンを運ぶ手は休めず後を続けた。
「まあ真面目な話、なんか事情があったんじゃないか? 長だからというより神僕として、そんなリスキーなことをするとは思えない」
「ああ、お前が正しいよ」
冷静になってみると、自分がひどく馬鹿に感じられた。セシルは学長であり世界守衛機関総代表であり神僕の長なのだから、おいそれと話せない事情など多々あるに違いない。
(どうせなら長として、嫌みだだ漏れのいまいましい性格も矯正してほしいけどな……)
ため息を吐き、リュートもカレーライスに専念することにした。
甘口のため辛みは全く感じない。辛口を至高とするテスターから言わせれば、それは邪道であり非常に情けない食べ方らしいのだが、まったくもって大きなお世話だった。
「にしてもすごいな」
先に食べ終わったテスターが、思い出したように口を開く。
「お前、よく堕神の《眼》なんて斬ったよな。下手したら死んでるぜ?」
「ああ、まったくだ」
じくじくと続くうずきが強まった気がして、リュートはそっと脇腹を押さえた。
堕神の体液に浸食された箇所は因子をやられ、どす黒く変色していた。見ていてあまり気持ちのいいものではない。
「なんで積極的に痛い目見に行くんだよ」
テスターは理解できないものを見る目でリュートを眺めた後、はっとし、ぽんと手を打った。
「そうか」
「なんだ?」
「お前マゾか」
「ちげーよ!」
ひとり納得顔でうなずくテスターに、全力で否定の声を上げるリュート。
「俺は責務を果たしてるだけだ! お前みたいにうまく狩れないから、身体張るしかねーんだよ!」
自認しているとはいえ、己の無能ぶりを他人に話すのは嫌なものだ。
一方、優秀なテスターはそれ故の鈍感さで、リュートの劣等感には気づいた様子もなく笑みを浮かべた。
「まあお前はとりわけ丈夫だし、それも長所の生かし方か」
「そういうこと。俺は俺のやり方で責務を果たす」
「熱心だねえ。女神様も喜ぶだろうよ」
それは会話の流れで出てきた、特に意味のない言葉だったのだろう。
しかし、
「別に女神のために動いてるわけじゃない」
リュートは目を細め、テスターの言葉を訂正した。
テスターが椅子の背に身体を預け、げんなりと息を吐く。
「また始まったよ――どっちでもいいだろ。女神様の創った世界を護ってるなら、女神様のために動いてるのと同じだ」
「違うね。少なくとも俺は違う。この世界が存在してそこで生きてるやつがいる以上、それを護るのが俺たちの役割だ。女神のためじゃない」
「そういうこと、あんま声高に叫ぶなよ。俺は気にしないけど、学長に知れたらどうなるか。女神様至上主義を、骨の髄までたたき込まれるぜ」
「だろうな」
「本当に分かってるのかねえ」
「分かってるさ」
誰よりも。
脳裏に浮かんだ数々の光景を、いつものように抹殺する。
「神僕としての義務は果たしてるんだ、問題ないだろ」
テスターの顔は問題ありと言いたそうだったが、それを彼が口に出すことはなかった。
いや、正確には出そうとしたのだろうが、
「リュート様っ!」
度肝を抜かれる呼び声が、テスターの動きを停止させた。
彼だけではない。涼やかに通る声は、モーゼの海割れのように周囲の雑談を押し分け、聞いた者たちの言葉を奪った。
続いて申し合わせたように、生徒たちの視線が集まる。呼び声同様涼やかな笑顔を浮かべて立っている、ひとりの少女に。
「よかった、補講前に見つけられて……初めましてリュート様。私、襷野高校でリュート様のアシスタントを務めさせていただきます、セラと申します」
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