愚神と愚僕の再生譚
6.守護騎士失格③ 貴様が全てをややこしくした。
◇ ◇ ◇
「どういうことだ⁉ なんで須藤の身体に女神がいるっ⁉ お前は神室にいるはずだ!」
「主に対してあまりにも無礼だな」
二度と直接会うことはないと思っていた、憎い相手。
それが突然現れたことに、リュートは動揺を隠せなかった。対して明美――女神は泰然と構えている。
擦り切れるほどに歯をきしませ、リュートは女神をにらみつけた。
「俺はお前を主だとは思ってない。質問に答えろ。今度は須藤を殺す気かっ⁉」
「なにを言っている? 私がこの娘に同化しているのは、そもそも貴様が原因であろう」
「なにっ?」
予想外の反論だった。
女神は一挙一動を見せつけるかのように、ゆっくりと机から腰を上げ、こちらへと一歩踏み出した。
「あの時――あと少しで貴様の全てをのみ込もうという時。貴様は激しい拒絶を示し、神室どころか訓練校外まで私をはじき出した。まち中に飛ばされた私は、その時たまたま視察に来ていた、市役所職員の娘に同化した。それが須藤明美だ」
「……なぜずっと隠れていた?」
「好きで隠れていたわけではない。強制的にこの娘に押し込められたからか、ずっと意識がなかった。最近は少しずつ目が覚めて、半ば眠っているような感覚だったがな。まさか、堕神の因子に刺激されて目覚めるとは思わなかったが」
自身の右手首を手に取り、見下ろす女神。堕神の体液が付着したその部位には、変色などは見られないようだったが。
女神は見えない痣を探すかのように、手首を親指でさすった。
「貴様らのことも見ていたぞ。なにかが引っかかって、ずっと気になって見ていたが……あの時の贄だったとはな。道理で意識が引っ張られるわけだ――セシルもうまく餌をまいたものだ」
「あ?」
ひとり納得して笑みを浮かべる女神に、いら立ちが募る。
女神は嚙んで含めるように、ゆっくりと続けた。
「高頻度の幻出に、二重幻出……恐らくセシルは、ここの学生たちの中に、私がいると考えていたのだろう。それで私を刺激できないものかと、貴様らをよこした」
「そんな回りくどいこと――」
「そう、回りくどい。私が神室から消えたことで、彼奴もかなりの苦労を強いられたであろう。貴様がおとなしく命を捧げていれば、セシルもこんなことに気を回さずに済んだのだ。堕神をたくさん呼び込んで、私のいとしい子どもたち――地球人を無駄な危険にさらすこともなかった」
女神が薄く口を開く。セシルが時折、リュートに見せるのと同じ感情――嘲笑をにじませて。
「貴様が全てをややこしくした」
「っ!」
リュートは拳を握り、知らぬうちに後退していた身体を前に出した。
「お前が母さんを殺したからだろっ⁉ 俺は家族を奪われたんだ! セルウィリアもお前のせいで死――」
「なにが悪い?」
「なっ……」
「お前たち神僕は私を護り、時には私のための贄となる。貴様の母も贄に選ばれた時、自ら進んで身を捧げた」
リュートが家族のことを持ち出しても、女神は平静を崩さない。
それがなにより、リュートの神経を逆なでした。
「そういう、ことじゃねえっ……」
「私も手当たり次第に喰うわけではない。魂のあふれるこの世界にいれば、徐々にでも力の回復は可能だ。が、私は世界の主として、悠長に回復を待ってはいられない。そのために最も適した神僕を、適合しやすい――つまりは、回復効率のいい者から喰らっていく……まあ、貴様は事故のようなものだがな。それは貴様が私の邪魔をしたせいだ」
口内に鉄の味が広がる。歯を食いしばっていたつもりが、いつの間にか内頰を嚙み切っていたらしい。
胸の痛みはひどくなっており、身体の中から熱さが染み出ていた。
脳まで灼けるような感覚の中、辛うじて声を絞り出す。
「……お前は女神だ。この世界が存在する上で必要不可欠な、絶対的存在だ」
「その通り」
「それでも俺は、何度も思ってきたし、今でも思ってる」
口内の血をなめ取り、リュートは隠すことなく殺意をぶつけた。
「お前を殺してやりたいってな」
応援コメント
コメントはまだありません