愚神と愚僕の再生譚
3.ある家族のかたち⑫ 軽薄で信用できないって感じ。
「なにかあったのか?」
問うとセラは、「いえ別に」と肩をすくめた。
「お昼買ってくるっていう体で、こっちに来ただけ」
「信用ねーな。本の受領くらい俺ひとりでできるっての」
リュートは口をとがらせ、棚の参考書を手に取った。ぱらぱらとページを繰っていると、セラがずいと身を寄せてきた。
「違うわよ。ただ、テスター君って苦手なのよね。なんか態度が上っ面で薄っぺらい感じで。軽薄で信用できないって感じ」
それに関しては妹も人のことを言えないような気もするが、リュートは取りあえず、空気を読んで適当にうなずいた。
「あー、まあ確かに。そうかもな」
非常に使い勝手のいい言葉ではある。
(この本は大学受験向けだな。俺には関係ない)
見切りをつけ、手にした参考書を棚に戻すリュート。
「でしょ? 絶対あいつまだなにか隠してるというか、元々学長側のスパイみたいなもんだし、髪型もなんか気取ってて鼻につくし――」
同意を得られたことに勢いづいたのか、セラはつらつらと愚痴というか悪口を垂れ流し始める。周囲を気にしてか、一応小声ではあるが。
リュートはそれに対して「へえ、そうなのか」「なるほど」などの相槌をローテーションで使い回していく。意識の方は、もっぱら参考書の方にあった。
そうしながら、何冊かの本を手に取っては戻し、を繰り返した頃。
「お前、サンタに売られたこと怒ってるか?」
勇人が突然、セラに問いかけた。
「売……?」
経緯を知らない――というかサンタの一件そのものを知らない――セラは話を中断し、当然きょとんと首をかしげる。
我が身がかわいいリュートは、当然しれっと勇人を促す。
「あー忘れてた。漫画見つけたんだろ、レジ行ってこいよ勇人様」
ぽんぽんと、急き立てるように背中をたたかれるも、勇人はその場を動こうとしない。
「勇人?」
「……僕、こっちにしようかな」
勇人が指さしたのは、参考書コーナーの向かいにある、児童書コーナーだった。平積みにしてある大判の絵本を、少年は手に取った。
「絵本。飛び出すやつ。サキは喜ぶんだ。こういうの」
うつむき加減にたどたどしく説明する勇人。
「……そうか」
漫画をやめて絵本にする。それが勇人にとっての『いいお兄ちゃん』の示し方なのだろう。
「偉いな」
頭をなでようと手を伸ばすと、
「あ」
勇人が小さく声を上げた。
「今度はどうした?」
「絵本って薄っぺらいのに、こんなに高いんだ……」
悲しそうに、絵本の値段表示を見つめる勇人。要は予算オーバーということなのだろう。
「仕方ねーな……」
ぽりぽりと頭をかき、リュートは手元の問題集をセラに預けた。ポケットから財布を取り出して千円札を抜き、勇人に渡す。
「ほら、これで足りるだろ」
「……いいの?」
「本当はよくないけど、いい」
「……ありがと!」
千円札を握りしめ、絵本を抱えながら、勇人はレジへと飛んでいった。
「簡単にお金をあげるのは、教育上よくないんじゃない?」
問題集をこちらに返し、セラが渋い顔で指摘してくる。
「それに排斥派に見られたら、格好の批判材料だわ。お金で子どもを釣ったって」
「そうだな、悪い。次からは気をつける」
手短に反省し、リュートは受け取った問題集の中身を確認した。
「これは結構使えそうだな……よし、俺も買うか」
古文の問題集を手に、リュートもレジへと向かう。続くセラの「私は別の問題集がいいと思うけど……」というつぶやきは聞かなかったことにした。
レジの店員に身分証と注文書の控えを提示し、教科書受領の件も伝える。
「少々お待ちください」
店員が奥に引っ込んだところで、セラが口を開いた。隣でぎこちなく支払いを済ませている勇人を見て、微笑みながら。
「でも自分の欲しい漫画を我慢して、妹に絵本を買ってあげようだなんて。かっこいいじゃない勇人君」
「そうだな」
リュートも口の端を上げ、支払いのため財布の中を探り――ぴたりと手が止まる。
「セラ」
「なに?」
リュートは口の端をさらに上げ、セラにぎこちない笑みを向けた。
「金……貸してくんねーかな?」
「お兄ちゃん……かっこ悪い」
勇人がお兄ちゃんとしての株を上げた一方で、リュートのそれは急降下した。
◇ ◇ ◇
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