愚神と愚僕の再生譚
1.鬼神の少女⑧ みんなメルちゃんに怒ってる。
「あなたがメルちゃんだね」
「メル?」
「メルビレナよりも、そっちの方がかわいいでしょ」
やや不快げに聞き返す女神に、あっさりと返すアスラ。
女神はじっとアスラを見ると、
「まあいい。好きに呼べ」
肩をすくめて後を続けた。
「それでは鬼神の少女。単刀直入に問う。お前は私を殺したいか?」
「ううん、仲良くしたいよ」
「ならば――堕神を滅するのに協力するか?」
(はあ?)
その問いはさすがにないだろうと、リュートは唖然と女神を見た。
しかし女神は本気のようで、見定めるようなまなざしをアスラへと送っている。
アスラはというと、すねたように頰を膨らませている。
「それは嫌! だってあたしの仲間だもんっ」
「分からぬな。お前は私と仲良くしたいと言い、しかし仲間は裏切れないと言う。どちらの味方なのだ?」
明確な二者択一を突きつけられると、アスラは肩を落としてしぼんだ声を出した。
「どっちかなんて選べないよ。あたしはメルちゃんたちと仲良くしたい……でもあたしの仲間を傷つけたりもしてほしくない」
「別に殺すわけじゃない。君はどうだか知らないけれど、痛みだって感じないはずだ」
だから厄介なんだ、と小さく付け足しながら、テスターが指摘を入れる。
「本当に、痛みは感じないのかな。もし本当だったとしても、だったらいじめていいのかな?」
アスラはテスターに返しながらも、ゆっくりと全員を見回していく。それぞれに問いかけるように。
「それに……殺さないんじゃなくて、殺せないんだよね。滅殺できるなら、そうしたいんだよね?」
たまたまなのだろうか。最後の質問はリュートを見ながら発せられた。
心に慎重に踏み込んでくるアスラの言葉を――
「はっ」
笑い飛ばしたのはグレイガンだった。
「そいつはちょっと都合が良過ぎるんじゃねえか? そもそもお前らが殺す気で襲ってきてるから、こんなことになってんだろうが。なのにてめえは死にたくない暴力はやめてくださいってか?」
厭悪を隠さない乱暴な物言いではあったが、彼の言うことには一理あった。
アスラを説得しようと、今度はリュートが彼女を見つめた。
「俺たちだって好きで堕神を斬っているわけじゃない。君らが女神の命を狙わなければ、そんなことしなくて済むんだ」
「あたしね。メルちゃんのこと、憎いとかそんなふうに思ってないよ。でも分かる。きっとかつてはそうだったの。みんなと同じ。すごく憎くて、怒ってた」
言葉を切り、心底不思議そうにこちらを見返すアスラ。
「どうしてなんだろう」
「それは、自らが唯一の神になりたかったから……」
「それは堕神が言った答えじゃないよね?」
教科書通りの答えをあっけなく否定し、アスラは再び女神を見た。
「みんなメルちゃんに怒ってる。でも自我が消えちゃって、回帰形態まで戻らなければ、本人ですら憎しみの理由が分からない。だからメルちゃんたちとは対立するしかなくて……でもあたしは、あたしの仲間もメルちゃんたちも、どっちも大切にしたいんだ」
「あわよくば、こちらに感化されてないかと期待していたが……あと少しが足りなかったようだな」
失望した口調で、女神。
(女神はなにを言ってるんだ……?)
完全に置いていかれた気分だ。そして同時に、怖くなる。
(まるでずっと前から、この日を待ち望んでいたみたいじゃねーか)
女神の意図が分からない。
「しかしなんにせよ、様子を見る程度の価値はあるな。となると気になるのは……」
女神はわずかに、顔をグレイガンの方に向けた。
それだけでグレイガンは察したらしい。さっとアスラの前まで出てくると、彼女を見下ろす。
「小娘。お前、腹減ってねえか?」
「? 減ってないよ」
不思議そうに返すアスラに、グレイガンは「そうか」とうなずいた。そして笑った。
「なあ、そもそもお前に食欲はあんのか? もしないなら――お前はなにをエネルギーとして活動してるんだろうな」
アスラがはっと息をのむ。
「それは……」
「その鬼娘は、私や神僕の力――恐らくは神気の類いを糧としている」
言いよどむアスラの代わりとばかりに女神が解説し、グレイガンは張りつけた笑みをリュートへと向ける。
「どうしたイカ墨小僧、立ち方がだらしねえぞ。疲れてんのか?」
その言葉に込められた意味を、恐らくは全員が察しただろう。
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