愚神と愚僕の再生譚
5.立場の選択⑤ これが噂のガールズトークってやつか。
◇ ◇ ◇
「痛ぇ……」
リュートは腹を押さえながら、のそのそと廊下を進んだ。向かう先にあるのは、1年1組の教室。
(やっぱサボればよかった……)
昨日はうやむやのうちに劇練不参加となり、悦子が相当お冠だった。「今日は死んでも参加すること!」とのお達しで、先ほどまで練習に参加していたのだが。
リュート演じる騎士が、敵に拘束される一場面。たまたま――たまたまだと信じたいが――凜演じる敵兵士にめいっぱい腹を踏み込まれ、まあ当然傷口が開いた。
(セラに処置してもらわねえと)
自分でできないこともないが、やってもらった方がはるかに安心だ。
(その後でまた、職員室行ってみるか)
業後に直行した時は、未奈美は不在だった。しばらく待っても現れなかったので、意図的に避けられている可能性が高い。
が、ずっと職員室を避けるわけにはいかないだろう。もしかしたらもう戻っているかもしれない。
(せっかく劇練抜け出せたんだしな。やれることはやっとかねえと)
目的の教室に、ようやく近づき――
「――っ!」
「――――っ⁉」
なにやら教室内が騒がしい。
(……なるほど、これが噂のガールズトークってやつか)
胸中でうそぶくも、違うのは分かりきっていた。ただ現実を認めたくなかっただけだ。
(ちょっとだぜ? たった1時間程度ふたりきりにして、なんでもめてんだよ)
セラが明美と問題を起こしたなら、リュートの責任だ。さすがに危害を加えたりはしていないだろうが、リュートは状況を把握しようと教室へ急いだ。
がらりと教室の扉が開き、黒髪の少女が出てくる。
「須藤? なにかあったのか?」
リュートの呼びかけに応じることもなく、少女は駆け足気味にこちらとすれ違っていった。
一瞬交錯した視線に感じるものがあり、リュートは扉前で立ち止まる。
「今の、まさか……?」
「そうよ」
威圧するような一言が、教室内から返ってくる。
見るとそこには、据わったまなざしで仁王立ちするセラの姿。なにかあったのか、髪がやや乱れている。足元には破損した木箱が落ちていた。
どう見たって穏やかではない。
セラはつかつかとリュートの元までやって来ると、
「出しゃばりなクズをおとなしくさせてくる」
低くうなるように言い捨てて、教室を出た。
「お、おい、セラっ?」
こわごわと手を伸ばすが、セラは見向きもせずに駆けだした。
「大丈夫、平和的に説得するだけよ!」
「金槌片手にどんな説得する気だ! おいっ⁉」
そんな殺伐とした雰囲気を醸し出されては追いかけざるを得ず、リュートは慌ててセラの後を追った。
「セラ、待てって……!」
腹を押さえながら、吐き気にあらがう。
いつもなら簡単に追いつけるのに、突き刺さる痛みで速度が出ない。
べっとりと湿った衣服は、肌に張りつき気持ち悪い。
「セラ、頼むからっ……」
言葉すら届かぬ距離まで引き離された上に、楽器を抱えた吹奏楽部の一団と遭遇し、セラの背中を見失ってしまう。
階段を上がって3階にたどり着いたところで、とうとう足も止まってしまった。
「なんなんだよ、一体……」
腹部が熱い。さすがに限界だった。
「取りあえず……どこか、休める場所……」
額の汗を拭って、リュートは空いている教室を探し求めた。
◇ ◇ ◇
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