愚神と愚僕の再生譚
3.雲下の後悔③ 私は、天城君のことが……?
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◇ ◇ ◇  ネットの上を、バレーボールが緩やかに往復する。レクリエーションとしての軽い試合のためか、全力投球で試合に臨む者はいない。たまに強めのアタックがコートに入り、点を取り、次は反対のチームが同様に点を取る。  明美も最低限動き、トスし、歓声を上げたりしていた。大事なのは、浮かないように空気を読むことだ。それは今のところうまくいっており、試合自体も義務的な娯楽を消費するかのように、どこか粛々と進行していた。  ただし、それはこちらのコートに限ったことで。  バシンッ!  隣のコートでは、通常の跳躍では届かないような高さまで跳び上がり、強烈なアタックを決める人物がひとり。 「リュート様すごいです!」  アタックを決められたコートから、水谷瀬良の歓声が上がる。彼女からすると、敵チームであってもリュート様はリュート様らしい。  当のリュート様――天城りゅうは、瀬良が歓声を上げるたびに、バシッ、バシッ、と強烈なアタックを決めている。  といっても、歓声に応えて張り切っているというわけではなく、なんというか……なにかどす黒い思いでもぶつけるのかのように、力任せにボールを返していた。目が完全に据わっている。  それを周囲も感じ取っているのか――というか、感じ取れないのがおかしいほどに黒いオーラがりゅうから出ているのだが――りゅうの一挙手一投足にいちいち反応していたクラスメートも、今はおとなしくバレーボールをやっている。  と、ボールが明美の近くに飛んできた。自分も試合中であったことを思い出し、慌ててトスをし、再び隣コートへと目をやる。 (さすがわたりびと。身のこなしが軽いなあ)  跳躍するたび、青い制服の裾がたなびく。  軽やかに宙を舞うさまは、存在感がまるで自分たちとは違っていた。サッカー漫画でよく見るアクロバティックなシュートも、彼なら実演できるのではないだろうか。 (かっこいいなあ)  単純にそう感じてから、はっと顔を赤らめる。 (かっこいい……のかな?)  その感情に戸惑いを覚える。  昨日きのうクラスメートから、りんとの一件を聞いた時もそうだった。  他種族に囲まれてもひるまず、必要であれば土下座もいとわないと断言し、けれども譲れない線引きだけはしっかりとしていて……芯のある人だなと思った。  かっこいいと感じ、無意識のうちにその姿を目で追ってしまい、まるで、まるで…… (えっ、えっ? でも、天城君のことよく知らないのに)  恋愛に奥手な明美には、自分の気持ちがよく分からなかった。単に守護騎士ガーディアンのクラスメートが珍しいだけなのか、それとも恋愛感情なのか。  ただりゅうの姿が視界に入ると、自分でも驚くくらい見入ってしまうのは確かだ。意思に反して胸の奥、ずっとずっと奥の方が、なにかを訴えるように高鳴っていた。 (私は、天城君のことが……? まさか、でも……いや、というかそもそも天城君には水谷さんが……)  りゅうたちが公言したわけではないが、すでにクラス内では『そういうこと』になっていた。なんでもさっき、体育館倉庫内でキスしようとしていたとか。  それに関しては瀬良が「そんな不純なことを校内でしかも任務中にするわけないです侮辱はやめてください!」と否定し、そのあまりの憤慨ぶりに倉庫内のことは誤解だということで落ち着いた。しかし関係性についてはなにも言及しなかったので、余計に恋仲の線が(勝手に)深まったのだ。  ちなみにりゅうはなにからなにまで必死に全力で否定していたが、そこは都合よく流されていた。明美も、クラス内で固まった説を頭から信じるわけではないが、やはりなんらかの関係性はあるのではないかと感じていた。なんてったってリュートだし。 (でも天城君からはそんな感じしないし。別に付き合ってるわけじゃないのかな……って、だからなに考えてるの私。勝手にいろいろ考えて、馬鹿みたい……でも本当のところ、どういう関係なんだろう)  堂々巡りで頭も混乱してきたところで、視界の端に引っかかるものがあった。 (……ん?)  ひとりの男子生徒が、体育館の出口に向かっていた。他のクラスメートは、バレーボールに気を取られて気づいた様子はない。 (山本君。どこ行くんだろ……)  忍んでいるようだったので気になった。  だが今バレーコートから出たら、目立つかもしれない。溶け込んだ空気から、浮いてしまうかもしれない。  相手コートにはがいる。彼女の視界の中で、景色の一端以上のものにはなりたくなかった。それに、  ――今更……なんだよ。  その言葉がちくりと刺さる。 (私には、山本君に話しかける資格がない……)  結局明美は、バレーコートから出られなかった。 ◇ ◇ ◇
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