愚神と愚僕の再生譚
4.学校ウォーズ⑤ ……でもおかしいじゃない。
本気度が伝わったのか、未奈美がグッと息をのむ。
彼女は圧されたように数歩下がると、それでも最後は踏みとどまってにらみ返してきた。
「剣を返したら、それであなたは鬼を殺すのよね」
「だからそれは――」
「地球人を護るため!」
いら立たしげに告げようとするリュートの言葉を、未奈美の声が遮る。
「そして地球人を護るのは、共存のため! 分かってるわよ……でもおかしいじゃない。渡人は地球人と共存の可能性を探ってるのに、鬼にはそのチャンスすら与えられないわけ?」
ひたむきなまなざしで問いかけてくる。自分の疑問は当然のことだと。
――そう、未奈美は間違ってはいない。狂っているわけでもない。
だからこの目が苦手なのだ。狂っていれば、馬鹿なことをと一笑に付せられるのに。
「……堂々巡りの議論をする気はない」
足を下ろして組んだ腕も解き、リュートは未奈美に一歩近づいた。
「勘違いするな。これは所有物を奪われたことに対する、当然の返還要求だ。倫理問題は関係ない」
ギリッと口を引き結び、未奈美が一歩下がる。リュートは逃さないよう一歩詰め――
「――っ⁉」
運動場の座標に、空間のゆがみが発生した。
(幻出っ……)
「続きは後だ! そこにいろ!」
「え? ちょ、ちょっと⁉」
戸惑う未奈美を捨て置き、リュートは駆けだした。教室後方の、窓際の扉から外へ出ると、真っすぐにグラウンドの一角へ向かう。
その間にもスマートフォンのショートカットキーを用いて、セラとテスターに対処済みの連絡を入れるのも忘れない。
(にしても、さっき出たばっかだろ!)
言っても仕方ないが、未奈美と話せるせっかくの機会を邪魔され、リュートはいら立ちながら緋剣へと手をやった。いつも使っているのは未奈美に奪われたままなので、予備の緋剣だ。
予備だからといってなにかが変わるわけでもなく、カートリッジを挿し込めば、通常通りに血の刃が具現化する。
「ああくそっ! あいつら、また性懲りもなく!」
グラウンドの隅に、ちょっとした人だかりができている。着用している運動服からするに、野球部の集団だろう。
リュートの転入初期よりはだいぶマシになったが、いまだに幻出時の野次馬は絶えない。
「どけ! 排除の邪魔だ!」
声を張りながらブザーの警告音を鳴らし、リュートは野次馬を退散させた。
(っ……テスターに任せときゃよかった……)
熱くうずく腹の傷に、後悔の波が押し寄せる。
タイミングや位置関係などから総合的に見て、自分が狩るべきだと判断したのだが、これではいつまで経っても傷が治らない。
野次馬が消えたことで、堕神の姿が視界に入る。
なにかを求めるように、ゆらゆらくるくると、方向転換を繰り返す巨体。そのサイズの割に先ほど視認できなかったのは、下半身が地面に透過しているからだ。顔一面を占める赤いひとつ目には、なんの感情も宿っていない。
(ここからならいけるか……?)
柄を持つ手に力が入る。緋剣を投擲して急所の《眼》をうがてれば、こちらは無傷で排除できるが……
(……いや、現実的に考えろ。失敗したら後がない)
潔く諦めて、正面からの攻撃に絞る。
すでに堕神はこちらの存在に気づいている。数メートルほどまで迫ったリュートを威嚇するように、堕神は大きな拳を振り上げ――真下に振り下ろしながら、その身を丸ごと地面に沈めた。
(マジかよっ……)
堕神の中には、たまに頭の回るやつもいる。箱庭世界のものを透過するという、自身の特徴を漠然とではあるが理解し、それを利用して攻撃してくる個体だ。
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