愚神と愚僕の再生譚
4.抜き打ち模擬戦トーナメント⑧ リュートの心もまた、震えていた。
ギィ……ときしんで思わせぶりに開けた割に、その世界は暗かった。記憶を頼りに、手探りで壁際の照明スイッチを探り当てる。
照明の光が室内を照らすと、バスケットボールの試合ができそうなほどの、広い空間が姿を現した。
「これが、女神の間……」
感動しているのか、セラが震えた声を出す。
女神の間は、全体的にはいわゆる玉座の間を模した造りになっていた。最奥には玉座があり、部屋の入り口からそこに向かって、一直線に赤い道が伸びている。
道といっても絨毯の類いが敷いてあるわけではなく、アイボリー色の石張りの床が、その部分だけ臙脂色になっているだけだ。
壁には図案化された神僕の歴史が描かれており、どこか宗教めいたものを感じさせる。間隔を空けてつられたシャンデリアは、華やかさよりも厳かさを感じさせた。
それら一帯を視界に収めることで、記憶が生々しい感触をもって染み出し、身体にまとわりついてくる。リュートの心もまた、震えていた。
「玉座の後ろにあるのが……神室への扉ですね」
吸い寄せられるように歩を進めるセラに、リュートも続く。
シャンデリアから降り注ぐ、暖色の光。頭にずきりとした痛みを覚え、リュートは顔をしかめた。
やがて神室の扉の前へとたどり着き、
「……やっぱり女神様への謁見は、さすがに無理なんですね」
女神と自分を隔てる両扉を前にして、セラが無念そうにうめく。
セラの横からのぞき込むと、武骨な鎖でぐるぐるに巻かれた取っ手が見て取れた。その締めとして、大きな錠前が取りつけられている。一貫して荘厳な雰囲気を保つ部屋の中で、それだけが趣も飾り気もなく、謁見を望む者をただ無粋に拒絶していた。
しかしセラはすでにそんなこと気にも留めていないようで、見えないはずの扉の向こうを、うっとりと見つめている。
「この奥に女神様がいらっしゃる。優しく偉大な私たちの母が」
額を扉に押しつけ、いとおしげに扉の紋様を指でなぞるセラ。
……この部屋にいるせいだろうか。そんな彼女の姿に、リュートはどうしようもなくいら立ちを覚えた。
「……優しくなんてない」
「? なにか言いました?」
陶酔していて聞き逃したのか、セラがきょとんとした顔を向けてくる。
「……いや、なんでもない」
「そうですか」
さして気にしたふうもなく、セラはリュートを残して部屋中央へと引き返した。踊り子のようにくるくると回り、豊かな金髪をはためかせながら。空間全てを堪能するかのように。
《主よ、お応えください。私はあなたの僕です》
澄んだ言葉が場を支配する。神僕であればそらで読める……と断言できるほどたたき込まれてきた、女神教書の冒頭の一節だ。神僕の言葉――始語でつづられている。
《私が求むは、あなたのみ》
詠うように滑らかに。気取らない抑揚が心地良い。
リュートは耳を澄ませて聞き入った。
《私の全てを捧げます。お応えください、女神様》
それは祈り。万物の母に捧げる愛の言葉。
(けれどもそれは届かない)
恍惚ともいえる余韻に浸りながら、リュートは我知らず閉じていた目を開いた。
(たとえ全てを捧げても、女神は決して応えない)
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