愚神と愚僕の再生譚
6.友達のつくり方⑤ ――ふう。楽しかった。
◇ ◇ ◇
「――ふう。楽しかった。汗もかいたし、これはいい運動になるね」
「そうですね。俺も久々に、自分の限界に挑戦できた気がします」
満足げな笑みを浮かべて額の汗を拭う健吾に、疲れた顔でテスターが続く。
彼らから数メートルほど遅れ、よろよろ歩くリュートが絞り出せたのは、
「楽しんでいただけたようで……なによりです」
という言葉だけだった。
(わざと負けるのって、難しいんだな……痛いし)
痛めた腰をトントンとたたきながら、うめく。
健吾の命中精度は、何度やっても成長の兆しを見せなかった。なので球が的外れの方向に飛んでいくたびにテスターが軌道修正し、リュートの方も必死に自然を装って当たりに行かなければならなかった。
当然、繰り返すほどに痛みが蓄積していく。できることならテスターと交代したかったが、健吾の球を軌道修正する神業的な器用さは、残念ながらリュートにはなかったのだ。
これなら途中経過を省略して、壁前に立ったリュートに健吾がひたすら球を撃ち込めばいいような気もするが――いや、よくはないが――あくまで追い詰めてから当てるのが楽しいらしい。
結果的にリュートは壁を駆け上って、油断したところを撃たれるというくだりを延々続ける羽目となった。
正直言って三文芝居もいいとこだ。あれでごまかせるのは、ゾウリムシ並みの単細胞くらいだろう。
「健吾様、お疲れさまです。次はどちらへ行かれますか?」
セラがアスレチックを下りたゾウリムシ――もとい健吾に声をかける。
「その前にさ。せっかく快勝を収めたわけだし、記念写真でも撮りたいよね」
「あ、じゃあ私撮りますね。ちゃんと後日、交流報告資料と一緒に送りますから」
健吾の希望に食い気味に応じ、抱えていた緋剣をアスレチックの上に置くセラ。スマートフォンを取り出し、
「リュート様早くっ」
と手招きしてくる。
「りょーかい」
リュートは投げやりにアスレチックの階段を下り、テスターと挟み合う形で健吾の隣に立った。
すると、
「え? 君はここじゃないだろ?」
心底意外そうに健吾が言う。
「そうですか、すみません。ふたりの後ろでよろしいですかね?」
早く終わらせたくて、リュートは多少いらいらと応じた。
しかし実際に動く前に、健吾が「そうじゃなくて」と制止をかける。
「君はウサギだろ。狩られたんだから、そういうポーズを取ってほしいな」
「そういうってどんな?」
聞き返すと、答えをもっていたわけではないらしい。健吾は悩ましげにしばし考え込んでから、名案とばかりに手を打った。
「そうだ、這いつくばって椅子になってよ。そこに僕様が座るから」
「あ?」
つい感情が先走った応答をしてしまうと、テスターがすかさず口パクで指示してきた――いいからやれって!
「ほら早く。君たちと違って、僕様は忙しいんだから」
「……仰せのままに、健吾様」
胸中で舌打ちし、リュートは健吾の前へと移動した。そのままその場で四つん這いになる。
「うん、いい感じだ」
健吾の満足げな声が上から届く。健吾はリュートの左側に回り込むと、「えいや」と声だけは身軽にどすんと飛び乗ってきた。
「はぐっ……⁉」
背骨が折れたかと思うほどの衝撃。
ただでさえ地球人は、渡人にとって重いのだ。それに加えて、この体型で飛び乗られた時の重圧はいかほどか。
砂に混じった小石が手のひらに食い込む。地味な痛みに煩わしさを感じつつ、リュートは顔を上げて左を向いた。
引きつり顔のセラに向かって、必死の形相で訴える。早く撮れと。
セラは慌ててスマートフォンを構えた。
「……じゃ、じゃあ撮りますね。はい、チ――」
「待って」
すかさず健吾が待ったをかける。なにやらポーズを変えているらしく、彼が身じろぎするたびにリュートの背中に負荷がかかった。
「やっぱりこっちのポーズの方がいいかな? うーんどうしよう……」
(乗る前に悩めよ!)
地に突いた手がびくりと跳ね上がり、がたがたと震えだす。まるで残魂に憑かれた時のように自由が利かない。
(いやいやいやいや抑えろ俺。大人げねーだろ相手はガキだ。俺は大人だ俺は大人だ俺は大人だ――)
地面を見つめて呪文のように繰り返すうち、なんとか気が静まった。
今度こそ写真を撮ると、健吾は「えいや」とリュートから飛び降りた。反動でうめくリュートを見て、健吾が一言。
「君弱っちいねえ。鍛え方が足りないんじゃない?」
リュートはじゃりっ! と砂を引っかいた。
健吾が離れても四つん這いのまま動かないリュートに、テスターと、様子を見に近寄ってきたセラがかがんで声をかける。
「リュートー?」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「いや……ちょっとその……キレそう」
半笑いで、震える声を絞り出す。
深呼吸で心を整えていると、前方をのそのそ歩いていた健吾が、不服げに振り返ってきた。
「君たちさあ、なにもたもたしてるんだよ。早く次に連れてってよ」
その言葉に――すうっとなにかが吹っ切れた。
ギリギリと指を折って拳を作り、顔を上げる。
「……こうなりゃ毒を食らわば、だ」
「リュート?」
リュートはバッと、ひと跳ねで立ち上がると、堕神を狙うときの目で、丸々とした背中をにらみつけた。
「やってやる。ああやってやるさ! あいつを徹底的に持ち上げて、友達になってやる!」
◇ ◇ ◇
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