愚神と愚僕の再生譚
私のリュート様④ 特別な日
◇ ◇ ◇
そわそわして落ち着かない。
平静を装うのに、こんなに苦労するのは久しぶりのことだ。
(だってしょうがないじゃない。今日は……)
世界にとってはなんの変哲もない1日だが、自分にとっては特別な日なのだ。
リュートと正式な顔合わせをしてから6日。それなりに心の距離は縮めた。
早朝の誰もいない教室で、今か今かと待ちわびる。
やがて規則正しい足音が近づいてきて、教室後方の扉が開かれた。
セラはがたりと席を立ち、入ってきた人物へと駆け寄る。
「おはようございます、リュート様っ!」
「? お、おはよう。どうした?」
リュートは戸惑った顔で挨拶を返してきた。
「いえ別に。いい天気だから気持ちが弾んでるだけですっ。こんな日にはふさわしい青空ですよね」
「こんな日って?」
「え? えっと……」
そこまで言えば絶対に反応を引き出せると思っていたので、セラは言葉に詰まってしまった。
しかしリュートの顔をどれだけ眺めても、苦い懐かしさへの微笑みだとか、癒えぬ悲しみをたたえた瞳だとか、そういった感情の動きは垣間見えない。
セラは仕方なくごまかした。
「ほ、ほらっ。今日はアースデーですから」
「そうだったけ」
「そうですよ、アースデー! いい日ですよねっ」
「異次元のごみは出ていけって、排斥派が元気になる日が?」
「それはっ……あらいけない、早く採血しないとだわですわ!」
「……君、大丈夫か?」
「だぁいじょうぶですよ! 今日も女神様のおかげで元気いっぱい胸いっぱいです!」
一歩引きながらも気遣わしげな言葉をかけてくれるリュートに、セラはそれ以上の返答を思いつかなかった。
そして以降も、想定していた展開にはつながらなかった。
廊下寄りの席からは、窓際のリュートの挙動は追いにくい。それでも隙を見ては食い入るようにチェックしていたのだが、それらしいそぶりは微塵も見受けられず。
唯一確認できた表情の波は、ホームルームでの、学校祭に関する話し合い。
発表する劇が江山悦子の創作台本に決まり、役割分担決めにより大道具係を割り振られたその時、リュートは面倒くさそうに顔をしかめた。
それだって一瞬で、注視していたセラですら、積極的な断定はし難いレベルの変化であった。
その時ちょうど次元がずれて、リュートが素早く立ち上がる。
揺れた緋剣が椅子の脚にでも当たったのか、小さくも硬く主張する音が教室に響いた。
それは簡単にのぞき込めそうなのに、どうあっても打ち破れない心の壁の象徴のようだ。
(お兄ちゃんはなにを考えているの……?)
スマートフォンで幻出対処済みの報を送りながら、セラは教室を出ていくリュートの背中を見送った。
◇ ◇ ◇
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