愚神と愚僕の再生譚
私のリュート様③ つまりは自分を罵った。
◇ ◇ ◇
食堂に足を踏み入れると、中は訓練生でごった返していた。ちょうどピークの時間帯なのだ。無理もない。
だからこそセラもここに来たのだ。きっとリュートもいるだろうから。
(お兄ちゃんは……)
リュートの姿を探そうと背伸びするが、身体がふらつきすぐさま踵が床に着く。
(結構引きずるわね、これ)
こめかみに手を当てながら、セラは頭を横へと振った。
セシルに疑われないために体調不良の診断書が必要だったとはいえ、増血剤の過剰摂取はやり過ぎだったかもしれない。
活を入れるように頭を振り切り、奥の方へと目を向けると。
金色の麦畑のように並ぶ金髪らの中に、ちらほらと交じるのは多様な髪色。その中に、捜し求める漆黒を見つけた。
(いた!)
「おにっ……」
言いかけ、慌てて口をつぐむ。まさか『お兄ちゃん』と呼ぶわけにもいかない。
ではなんと呼べばいいのか。
(リュートさん? リュート君?)
なんだか他人行儀な気がする。いや実際表向きの関係は他人――しかも恐らくリュートの方は、こちらをろくに認識したこともないだろう――なのだが、その関係を自ら強調するようなことはしたくなかった。
(じゃああだ名? リューとか?)
いきなりあだ名はおかしいだろう。
足は真っすぐリュートの方へ向かいながらも、頭の中は右往左往。
(リュート訓練生、お前、あんた、リューの助、リューちゃん、リューぴょん――)
「リュート様!」
誰かが突然おかしなことを叫んだ。
無駄に通ったその声は、雑談に興じていた訓練生たちの耳を、弾丸のように貫いた。
皆一様に目を丸くし、声の主を探して視線を走らせる。
セラはおかしなことを叫んだ倒錯者を、心の中で罵倒した。
つまりは自分を罵った。
(リュート様? なになんなのよリュート様って! なんで様付け? 私ってば頭おかしいんじゃないの⁉)
とはいえ一瞬で大勢の注意まで集めてしまった以上、もう後には引けない。
幸いにして、猫かぶりなら呼吸レベルで身についている。訓練生らが、倒錯者の位置を特定して視線を注いだ時には、すでに涼やかな顔を取り繕っていた。
堂々と歩を進める。スキップでもしそうな勢いだ。
近づくほどにリュートの顔がはっきりと見える。スプーンを右手に握ったまま、こちらを唖然と見返している。
「よかった、補講前に見つけられて――初めましてリュート様。私、襷野高校でリュート様のアシスタントを務めさせていただきます、セラと申します」
リュートからの反応はない。毛先までガチガチに固まっている。
セラは気にせず――そうせざるを得ないではないか――目を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。
「全力でサポートいたしますので、よろしくお願いします、リュート様っ」
◇ ◇ ◇
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