愚神と愚僕の再生譚
3.雲下の後悔⑦ でも、もしかしたら……
「お前たちはほんと、愚直に突進してくるよなっ」
適当に見当をつけて横に転がる。
案の定、地面から伸びた堕神の爪が、リュートが元いた場所を薙いだ。勢いを殺せないのか、そのまま堕神は突き進む。
リュートは素早く立ち上がって堕神の後を追った。緋剣を発動させると同時にビーチフラッグのごとく飛び込み、地面から生えた半球に向かって刃を打ち下ろす。
後頭部から、うまいこと《眼》まで達したのだろう。堕神の姿が消えていく。幸い《眼》は屋上より下で飛散したらしく、今回は灼熱の体液を浴びずに済んだ。
汚さぬ気遣いをする気力もなく、うつぶせのまま緋剣を解除する。剣身からはじけるように、屋上に血の華が咲いた。
突き立てたままの剣先をずずず、と滑らせながら、リュートは血だまりへと額を押しつけた。
走り、飛び込み、打ちつけて。もちろん全てが負傷箇所に響いていた。
「……辞めたい。いや、セシルを殺りたい」
なんて甘美な響きだろう。
「鬼1匹倒すのに、随分なグダグダっぷりじゃん」
地面に影が差し、強気な言葉が降りてくる。
「なんだと?」
ただ顔を上げただけなのだが、強気な声の主――凜は、ひっと小さく息をのんだ。血だまりに伏せていたため、リュートの額が血まみれであったことが関係しているのかもしれない。
凜は自分の失態をごまかすように、早口でまくし立てる。
「い、いいザマね! 出しゃばるからそうなんのよ。あとさっきのはセクハラだから変態! ってかそもそも山本のやつが……あいつ、次会ったら許さない!」
言うだけ言って、鼻息荒く凜は去っていった。
「変態って……」
体育館倉庫でのこともあり、憮然とつぶやく。
守護騎士の仕事が報われないのは分かっている。だが報われない上に変態とくれば、さすがに思うところはあった。
「ちっ」
舌打ちついでに、口に流れ込んできた血を吐き出す。
と、
「龍登君っ、大丈夫かい?」
凜が去るまで貯水タンクの後ろに隠れていたのだろう。銀貨がわたわたと駆け寄ってくる。その顔に浮かんでいるのは、後悔の念。
「ごめん……僕が角崎を助けていれば、こんな怪我しなかったよね……僕、最悪だ」
「最善の行動は取れなかったかもしれないけど、最悪でもないだろ」
ふらつきながら立ち上がり、緋剣を収めて顔の血を拭う。
一番痛むのはやはり脇腹だった。これくらいならまたすぐ治るだろうが、堕神の体液による痣が消えないうちから傷の上塗りとなってしまい、そんな自分の鈍くささ自体にいら立ってしまう。
小さくなりつつある凜の後ろ姿に目をやると、その進行方向に塔屋が見えた。先ほど銀貨が言っていた通り、屋上の封鎖は解けているらしい。
だったら元来たルートで戻る必要もない。リュートは塔屋に向かおうと踵を上げ、
「僕、角崎を突き飛ばしたんだ」
背後からかかる言葉に、踏み出しかけた足を止める。
「鬼が幻出した時、驚いて、慌ててて……」
振り返って目が合った銀貨は、リュートが断罪者であるかのように、必死に抗弁してきた。
「もちろん落とすつもりなんてなかった! 偶然……事故だったんだ! ただ、混乱してて……でも」
言葉を切り、ひくつく両手を見下ろす銀貨。血塗られたものを見るようなまなざしで、
「でも、もしかしたら……角崎を突き飛ばして、落として、鬼を角崎に引きつけて、逃げようとした……のかも」
ぶつりと途切れる言葉。そして沈黙。
「……悪いけど、状況が分からないからなにも言えない」
リュートも自分の手を見下ろした。銀貨とは違って、実際に血まみれの手を。
なんとなくいつも以上に汚らしく感じて、制服の裾で軽く拭った。
「でも、そうだな。憎い相手のために動けなかったことを後悔できるなら……それだけで俺はすごいと思うよ」
銀貨の肩をぽんとたたき、塔屋へと向かう。一緒に戻ろうと促しはしなかった。
校舎内に戻り、屋上へと続く階段の一番下。しばらくそこで時間を潰し――屋上扉が開く音を確認してから、リュートはひとり、その場を後にした。
◇ ◇ ◇
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