愚神と愚僕の再生譚
1.垣間見える幻妖③ 仮に顕現が起きたのだとしても
頼まれて居残ったのにその是非を指摘され、明美が困ったようにこちらを見てきた。
しかしそれに関する答えをもつのは、明美の同行を提案したテスターだ。
「彼女が危険ってのは確かにそうなんだけど……推したのには一応理由があるんだ」
視線リレーの終着点となったテスターが、他3人に、順繰りに視線を返していく。
「堕神の悪戯が目撃されたっていう時間帯が気になるんだよ。7時くらいらしいけど、俺はその時学校にいた」
「ああ」
うなずく。
最近は文化祭準備のためか、最終下校時刻後も、こっそりと学校に残る生徒たちが増えている。リュートとセラは明美と一緒に下校しなければいけないため、残って堕神の警戒にあたるのは、もっぱらテスターの役目となっていた。
彼は「ここが納得いかないんだけど」と前置きをし、すっと目を細めた。
「その日その時、俺は次元のずれを認知していなかった」
「……確かか?」
「ああ。もし仮に顕現が起きたのだとしても、次元にゆがみが生じないのはおかしい。この異常な現象の正体――女神様ならご存じかもしれない」
「なるほどな」
テスターの言葉をのみ込むと、リュートは明美に再度目を向けた。決まり悪げに頰をかきながら、
「じゃあ須藤。悪いけど……」
「うん、いいよ。大丈夫」
こちらの頼みを先取りして、明美が笑う。
明美には、この世界の主である女神が宿っている。普段その存在を呼び起こすことはないが、今回のように必要に駆られて、女神の意識と交替してもらうことが時折あった。
それは明美にとって愉快なことではないだろうに、彼女は嫌な顔ひとつせず応じてくれる。
明美は目をつぶり、手を組み合わせた。女神の意識と替わるのに特に所作は必要ないはずだが、きっかけがないとやりづらいのかもしれない。
「女神様、お願いします」
明美が唱えるように言葉を紡いで数秒。特に変化はない。
しかしリュートはテスターに目配せをし、セラを明美から隠すように、自身を移動させた。
もう数秒が経過し……
明美がゆっくりと目を開く。そして、
「普段邪険にしておいて、こういう時はすぐに助けを求めるのだな」
開口一番、リュートを嘲った。
「このクソ――」
間髪容れずに罵声を上げたセラの口を、テスターが塞ぐのを見届けて。
リュートは女神に問いかけた。
「聞いてたんだろ?」
「ああ、外に出なくても全て伝わっているからな。明美の方は、私が出てる時の情報は得られないようだが」
「なら話は早い。手伝ってくれ」
校舎に向かって顎をしゃくるリュートに、後ろからテスターの声がかかる。
「見回るのか?」
「ああ。次元のずれを認知できないなら、ここで待ってても意味ねえからな」
言いながら、リュートは腰に手を添えた。ベルトフックに触れた指先が、金属の感触を伝えてくる。
正面玄関の鍵だ。『開けるのは1カ所のみ。退去時の施錠はもちろん、入った後も必ず内側から施錠する』という条件で学校から借り受けた。
「それじゃあ二手に分かれよう」
反転すると、ようやくテスターの拘束から脱したセラが、真っ先に手を上げた。
「じゃあ私お兄ちゃんと――」
「リュートは私と一緒だ小娘」
ぴしゃりと女神。
「取引した以上、その約束はきちんと履行してもらわないとな」
有無を言わさぬ口調で、こちらの肩へと手を置いてくる。リュートは見もせずそれを払いのけ、
「とのことらしいから、セラはテスターと一緒な」
「……分かったわよ」
「俺は指名なしかー。へこむな」
おのおのに声を上げ、一応話はまとまった。
「じゃあ行くか」
見上げる。月明かりが校舎を、まるで迂闊者を待ち受ける化け物屋敷のように演出していた。
◇ ◇ ◇
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