愚神と愚僕の再生譚
2.くすぶる憎悪⑪ あんたたちはイメージが大事だもんね。
◇ ◇ ◇
凜はずかずかと、競歩のような勢いで歩を進めた。
怒りは収まるどころか、破裂した水道管のように噴出し続けている。
(なんっなのよあの変態は!)
もっと蹴っておけばよかったと後悔する。
(よりにもよってあの場所で……目の前で!)
なにが『よりにもよって』なのか。思っておいて自分でもよく分からず、ここまで腹立たしいのもなぜなのか不明だった。
(いや、不明じゃないわよスカートめくられたんだから! 馬っ鹿じゃないの私!)
今の怒りがぶれないように、自分を一喝する。
(あいつ絶対に許さないっ!)
鼻息荒く階段に差しかかったところで、背後から声がかかった。
「角崎、待ってくれ!」
待つ義理もなかったが、凜は振り返った。散々謝罪させた上で、教師に訴え出るのも悪くない。
追ってきたのは橙髪の渡人だった。頭に手を当て、申し訳なさそうに言ってくる。
「ごめん、リュートは悪気があったわけじゃないんだ。だから――」
「だから騒ぎ立てるなって? 渡人がワイセツ行為だなんて、不名誉極まりないから?」
テスターの言葉を遮り、凜はぴしゃりと言い放った。軽蔑したまなざしで、
「あんたたちはイメージが大事だもんね。なんだかんだいっても、こびへつらわなければ生きていけないのよ」
「そうだよ」
あっさりと同意され、鼻白む。
テスターは階段の手すりに手を滑らせながら、淡々と続ける。
「俺たちは君たちの理解を超えた力をもっているし、身体的なアドバンテージもある。その代わり君たちは武力を誇示して、こちらの権力を抑え込む。そうやって、結果的に均衡が保たれるんだ――でもその均衡は、些細なことから崩れてしまう」
彼はひたり、と凜の目を見つめてきた。その瞳があまりにも真摯で、目をそらすことができない。
「君に恥をかかせてしまったことは、俺からも謝罪する。怒るのは当然だと思う。でも、俺たちの立場を危うくすることだけは、お願いだからやめてくれないか」
じっと。実質的な、真正面からの純粋な口止めに、凜は。
「わ……かったわよ! でも次はないから!」
なぜだか了承してしまう。そんなつもりはなかったのに。
凜の回答にテスターが、ぱっと顔を明るくする。
「ありがとう。君って結構いいやつだな」
「な……それ嫌みっ⁉」
思わず詰め寄る。もうひとりの守護騎士への行為を、知らぬわけでもあるまいに。
「あー、リュートのこと?」
言わずとも察したのか、テスターは厄払いでもするかのように軽く手を振り、
「ま、あんまいじめてやんなよな。慣れてるとはいえかわいそうだぜ?」
冗談交じりに釘を刺してくる。
「んじゃな。お礼ってわけでもないけど、困ったときは相談してくれ。力になるぜ」
くるりと反転し、歩きだすテスターの背中に。
「渡人なんかに相談するわけないでしょ! 馬っ鹿じゃない⁉」
凜は思い切り憎まれ口を返した。
「はは、そうだな」
笑って流されどこまでも負けた気がして、凜は足裏で床をたたいた。
「なんなのよあいつ!」
不思議と、先ほどまでの怒りはどこかへ消えていた。
◇ ◇ ◇
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