愚神と愚僕の再生譚
4.抜き打ち模擬戦トーナメント⑥ どういうことだ?
右足で大きく踏み込み、左足でさらにもう一歩。積極的に前へ行き、テスターの緋剣を受け止める。
が、つばぜり合いをする気はない。右足を浮かせ、わざと左膝を曲げた。交差する緋剣に圧されて身体が沈み込み、同時にひねった脇腹のすぐそばを、テスターの繰り出した左手の緋剣が通り過ぎる。
この状態から圧し返すのは、当然無理だ。
リュートは後ろに引いた右足で、床を強く踏み切った。左足でテスターの右手首を蹴り上げるが、これは空振りに終わる。そのままバク宙の要領で後ろへと下がった。
ダンッと着地をした瞬間、顔を上げることすら惜しんで右へ跳ぶ。身体の左側をなにかがかすめていった。
(あの二刀流をなんとかしねーと……)
1本目を防いだところで2本目にやられる。
二刀流。
試したことがないわけではないが、リュートには、ただ振り回すのが精いっぱいだ。加えて今回の干渉対象は不純液。2本の緋剣を維持する自信はない。
(それでも、やらないよりはまし、か……?)
決めかねながらも腰へと手をやり――あるはずの感触がないことに気づく。
「っ⁉」
バッと、たった今飛びのいた場所を振り向く。床にはちぎれた剣帯の留め具と、予備の緋剣が転がっていた。
(さっきかすった時か!)
躊躇したため、逃げる余裕はもう残っていない。舌打ちをし、覚悟を決めてテスターへと足を踏み出す。
テスターもためらいなく詰めてくる。そのまま緋剣を振りかぶり、全力とも思われる勢いで振り下ろしながら――テスターが緋剣の柄から手を離した!
「なっ⁉」
急速に視界を占め、回転しながら迫ってくる緋剣。自らの手を離れているというのに、刃は多少ゆがみながらも維持されている。驚異的な干渉力である。
「くそっ……」
なんとか緋剣でたたき落とすが、テスターが悠長に待ってくれるはずもない。左手に残った緋剣がリュートの手元を襲う。手首を強引にねじり、刃の部分で受け止めるが――
「しまっ……」
安定性を欠いた状態では支えきれなかった。リュートの緋剣がはじき飛ばされる。
「悪いなリュート」
舌を出すテスター。本気を出してもいない。
リュートは舌打ちをし、カートリッジを取り出した。今飛ばされた緋剣は回収できないが、リュートの緋剣なら、床にもう1本落ちている。
(10秒以内に創り直せば、失格にはならない)
床に突進する勢いで、姿勢を低くし手を伸ばす。
「取らせるわけないだろう?」
テスターの声が降ってくる。同時に、蹴り飛ばされる緋剣。
リュートの手はなにもつかめず、勢いを殺せなかった身体は床へと投げ出された。右手の爪がカートリッジの封に食い込み、血液が飛び散る。振り払った手が、テスターのすねをかすった。
いつとどめが来るかも分からない。緋剣を食らわないよう、リュートは全速で飛びのいた。
しかしテスターにそんな気はなかったようで、対峙したまま時が流れる。
「………………?」
十数秒が経過したところでようやく、テスターの余裕の笑みにひびが入った。
「どういうことだ? もう緋剣はないのに」
訴えかけるテスターに、審判が首を横に振って視線を移動させた。テスターはその先を目で追い――
「ってなんだよそれ!」
先刻のリュートを真似るように、審判の視線の先――リュートの右手を指さした。
「なんだよって、武器だけど」
リュートは意地悪く笑って、右手を掲げて見せた。よく見えるよう、テスターに手の甲を向けて。
「やっぱ俺の登録情報確認してなかったんだな。さすがになめ過ぎ」
「いや確かに見てないけどさ、一通りの武器には警戒してたって。でもそんなもの見たことないぜっ」
そんなものというのは、リュートの右手――親指、人さし指、中指の先端で毒々しい輝きを放っている、紫の爪だった。
緋剣の鉄芯と同じ素材でできた、付け爪タイプの武器。具現化すれば、獣のように対象を切り裂ける。床を転がった時のどさくさに紛れて、発動させておいたのだ。
「これはセラが、研究課題で創った物だからな。見たことなくて当然だ。まあ堕神相手には毛ほどの効果もねえから、試作止まりらしいけど」
(決勝がテスターだったときのため、今まで使わずに来て正解だったな)
テスターは強い。いちいち相手の登録情報を確認せずとも、力押しで勝ち進めるくらいに。
決勝までに爪を使っていれば、その現場を見られる可能性もある。あわよくば、といった程度の期待でここまで使わずにおいたのだが、予想以上にうまく事が進んだ。
テスターが、はっと自分のすねを見下ろす。
手がぶつかった際、リュートがこっそり爪で裂いた箇所だ。血が出ている。
「そんなんあり?」
「登録申請は認められたんだから、ありだ」
薬が効いてきたらしい。テスターはやけっぱちに天を仰ぎ、
「あーあ……マジか、よ……」
ばたりと床に倒れ込んだ。
「テスター失格! 勝者リュート!」
途端、わっと沸く見物集団。
しかしその沸き方は歓喜というより、不満の噴出といった様相を呈していた。
「なんだ今の?」
「隠し武器?」
「あいつが優勝? なんか納得できねえ」
「てか他の試合も見てたけど、逃げ回ってただけだろ。ハエみたいに」
「ハ……でも別にルール破ったわけじゃ……」
発言者が分からないため、聞こえてきた方に漠然と言い返すが。
「ずるいぞハエ男!」
「ハエ男が!」
「チビ!」
「じじむさ小僧!」
周囲は野次で盛り上がっていく。もはやリュートへの批判というより、野次のための野次になっていた。
「い、いいかげんにしろよっ。誰が――」
「ハエ男ー!」
「ちょこまか動いてんじゃねーぞ!」
「チビー!」
「厚めのシューズで底上げしてるの、バレバレだから!」
「もっと牛乳飲め!」
「じじむさー!」
「だっ、誰がハエ男でじじむさだっ⁉ あ⁉ お前らやんのか? やんのかオラァッ!」
かくしてリュートのエキシビションマッチ――場外乱闘が始まったのだった。
◇ ◇ ◇
応援コメント
コメントはまだありません