愚神と愚僕の再生譚
3.故郷の幻影⑥ 信じていたよ屑人君。
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◇ ◇ ◇  箱庭世界に戻るのは、そんなに難しいことでもなかった。  帰還ポイントまで戻ると装置を外し、しんが来ないことを祈りながら座って待つ。  手持ち無沙汰なのでセラの趣味についてタカヤに教え、これ見よがしに信心深さをアピールするやつは実は嫌われると伝え、体重が戻ったことにふたりして喜び、それでも時間が余ったので苦手な教官やら試験のヤマなどについて話していると、ふいに箱庭世界の景色が復活した。  元始世界に重なるようにして、特殊第1運動場のアスレチックが現れる。  それらの前で複数人が、なにやら話し合っている。セラに明美にフリスト。そして誰かが呼んだのだろうか、女性教官がひとりいた。  内向きに話し合っている中、明美が「あ」とこちらに顔を向けた。  その意味をいち早く察したのはセラだ。 「お……リュート様っ⁉」  ずざざざざっと、心配というよりもなぜだか標的に向かう野生動物のような機敏さで、こちらへと突進してくる。  ぶつかるかと思いきや、まだ存在の比重が元始世界に寄っているのか、強烈な頭突きはすり抜けて終わった。 「もう、心配したんですからね!」  セラはリュートの頭から自分の頭を引っこ抜くと、腰に手を当て立ち上がった。 「俺たち、無事に帰ってきたんですね」 「まだ存在の一部は残してきてるけどな」  疲れ切った息を吐くタカヤに念押ししつつも、自身あんの息を吐き、手のひらを地面に付けてもたれるリュート。この地面もいずれは、箱庭世界のものへと変わるだろう。 「ふたりとも無事でよかった」 「一体なにがあったの? この子たちによると、君たちは元始世界に行っていたらしいけど……」  ほっと胸をなで下ろす明美の横で、女性教官が疑わしげなまなざしを送ってくる。  確かに突然『訓練生がふたり、あっちの世界に行きました』とか言われても困るだろう。リュートの手元に置いてある研究品は、それほどまでに革新的な可能性を秘めているともいえた。  その革新的な研究品の制作者は――別れる直前の殊勝な顔はどこへいったのか――ひたすらに偉ぶって歩み寄ってきた。 「信じていたよくず君。上出来だ」 「上出来なのに、そこはリュート君には戻らないんですね」 「いや明らかにランクアップはしたよ。『救いようのないクズのくず君』から『まあそこまでクズではないくず君』に。ただ長いから省略してあるだけさ」 「どうして先輩方は、そう意味のない省略を……」  片眉をつり上げながら疲れた笑みを浮かべ、はっとする。先輩を思い浮かべて、あることを思い出したのだ。  がばと立ち上がり、腕時計を見る。時計の針は17時43分を示していた。 「やっべ……」  どうしようもなく取り戻せない時刻に、リュートはただうめいた。そこへ、 「リュゥゥゥゥッ!」  親のかたきを見つけたと言わんばかりの叫びが、特一の入り口から聞こえてくる。  振り向きたくはないが、無視したとなればもっと厄介なことになる。  恐る恐る振り返ると、深紅の髪を炎のようにはためかせ、すさまじい速さで少女が迫ってきていた。 (で、でもまだ透過するからそんなひどいことには……)  と思ったのがいけなかったのだろう。  重複していた景色のうち、元始世界の光景が消え去る。 (ってことはつまりぃぃぃ)  やって来た少女にぐわしぃっ! と両肩をつかまれ、激しく前後に揺さぶられるリュート。 「約束破ったと思ったら、まぁたこんなこうがい男と一緒になって! なんで⁉ どんな理由があってそんなムゴイことするわけ⁉ 反抗期⁉ イヤイヤ期⁉ たたいたら直る⁉」 「ご、誤解ですよツクバ先輩っ!」  頭蓋骨から飛び出ようとする脳を押さえる心地で頭に手を当て、リュートは叫んだ。 「特別見学者の案内や後輩の相手だとかで、遅れてしまっただけです! 待ちぼうけ食わせてしまったことは謝りますほんと心から!」  必死の陳謝が通じたのか、ツクバはぱっと手を離した。 「君が案内人で後輩の世話ぁ? 生意気じゃない?」 「俺一応、学年的には高等カリキュラムの後半差しかかってるんですけど」 「いえ、そういうんじゃなくて。存在がね」 「そんな嫌なら折よくこの世界から存在抹消できる装置あるんで、よければ消えてきますけど」 「そこまでのことは求めないわ」  寛容さを見せつけるように、ツクバ。  なら求めるのか気にはなったが、聞くと後悔しそうなので保留にしておいた。 「それで先輩、用事ってなんだったんです?」  こちらのやり取りをぽかんと眺めているセラたちを視界の端に、リュートはそう尋ねた。  ツクバが「そうそれよっ」と指を立てる。 「さっきの呼び出しは、君の拒否権のためよ!」 「拒否権?」 「君の先輩だからって強制するのはかわいそうだから、選択の余地を残そうとしたの。でももうそれもナシでいいよねだって来なかったのが悪いんだしっ」  ツクバは口をとがらせてそう言うと、さらに距離を詰めてきて、リュートの耳元でささやいた。 「へ?」  一聴しただけでは理解に届かず、リュートは半端に口をけた。 「いい? もう決定事項だから。来なかったら許さない」 「いやでもそれは……」 「問答無用! それじゃあ行くけど、分かってるよね? 絶対来んのよ?」  鼻先がくっつかんばかりにすごむと、ツクバはひょいと身を引いて、 「あとこうがい男は今度潰す!」  フリストを指さし、風のような速さで去っていった。 「やれやれ、人を指さすとは下品な女だ。死ねばいいのに」 「その発言も大概だと思いますが」  穏やかに毒を吐くフリストに突っ込んでいると、ぽんぽんと肩をたたかれた。 「どしたセラ?」 「リュート様、先ほどの先輩になにを言われたんですか?」 「え? いや別に……」  内容が内容なだけに、思わず目をそらす。  セラはもちろん追い込んでくる。 「なんですかその態度? もしかしてふたりで密会でも?」 「そ、そんなことあるわけねーだろ!」 「ますます怪しいですねえ……」  両手を腰に当て、セラが片目を細める。 「言っときますが校則で、不純異性交遊は禁止ですから!」 「だからそんなんじゃねえってっ……」 「じゃあなんなんですか?」 「だから……」 「なんなんですか⁉」 「お……」 「お⁉」 「俺、学長に今回の件報告しねーとっ!」 「ちょっとリュート様⁉」 「勘弁してくれって! 別になんでもねーから!」 「なんでもねーなら教えてくださいよ! ちょっと!」  声を荒らげるセラから逃げるため、リュートはひたすら走り続けた。 ◇ ◇ ◇
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