愚神と愚僕の再生譚
1.垣間見える幻妖⑤ 懸想というやつだな。
◇ ◇ ◇
暗闇に包まれた廊下を、携帯ブザーの明かりが照らし出す。白色の光は行く先をおぼろには見せてくれるが、やはり少し頼りない。
(懐中電灯借りとくんだったな)
今更思いながら、1階の廊下を進んでいく。
一応の手順として各部屋の中も軽く見ていくのだが、存在が不明瞭なものを探しているため、どうにも身が入らない。義務的作業を黙して行っているうちに自然と、廊下に響く自分の足音に意識がいく。
女神が口を開いたのは、暇を持て余したリュートが、古文法の活用形を頭の中で唱えだした時だった。
「だいぶ落ち着いたな」
「なにがだ?」
「久方ぶりの再会を果たした時は、めめしくわめいていたというのに」
「言っとくけど、その時の気持ちが消えたわけじゃねえからな。勘違いすんなよ」
隣を見向きもせず警告する。それで会話を終えるつもりだったのだが、
「……須藤との同化、本当に解くことはできないのか?」
ついつい未練がましい質問が、口からこぼれ出る。
「それは須藤明美が生きた状態で、という前提でか?」
「当たり前だろ」
「なら前にも言っただろう。現状無理だ。私の回復を待つしかない」
「そうか……」
以前聞いた時と同じ返しに、同じ落胆。慣れきったやり取りだった。
女神が、手に持っていたスマートフォンを傾ける。リュートの携帯ブザーが発する光に、彼女のスマートフォンが放つ光を重ね合わせるように。
彼女はなにが面白いのか、光を重ねてはずらしてを繰り返しながら、
「そんなにこの娘と離れてほしいか?」
「そりゃあな」
明美と女神が同化したのは、本をただせば自分のせいだ。さすがに気後れはする。
リュートが数歩先行して女神の重ねてくる光から逃げると、後ろからにやつく声が届いた。
「なるほど。懸想というやつだな」
「はあ?」
女神の顔をにらもうと振り返る。が、視界に収まったのは、こちらを追い抜く女神の横顔。
女神は、リュートに先んじて2階への階段に足を掛けると、振り返って理解を示すような笑みを向けてきた。
「隠さずともよい。しかし残念だな。この娘の心はどうも、山本とかいう少年に向いているようだ」
「別に残念じゃない。つか人のプライバシーにずかずか踏み込んでんじゃねえよ」
「ショックなのだな」
「あのな」
「つらいか?」
「違うって! 別に須藤に興味はねえっ!」
「そう、なんだ……」
「へ?」
一転してしぼむ声に、虚を突かれる。
女神の浮かべる表情は、もうひとつの、見知った人間のものに変わっていた。
彼女は涙混じりの声で、
「なんとなくは分かってたけど……天城君、私のことなんてどうでもいいんだね」
「え、いや違――つか女神、お前なんつータイミングで入れ替わってんだよ⁉」
責め立てようと彼女に顔を近づけた後、はっとし同じ分だけ顔を遠ざける。今の彼女は女神ではない。
「あ、いや須藤? 別に俺はお前のことどうでもいいとか思ってるんじゃなくて、あくまで特定の観点からの興味について述べ――」
彼女は明美の声音と口調のまま、顔だけは陰険な笑みを浮かべて、
「ほら、やっぱり少しは気になるんじゃない」
「いーか俺早まるなよ、こんなしょーもないことするアホでも神だ」
「どうしたぶつぶつ、頭を抱えてしゃがみ込んで」
「ちょっと黙っててくれ、俺は今自分の心と戦っている」
「別に構わないが。一応言っておくと、目標を補足したぞ」
「なにっ?」
女神の言葉に、リュートは慌てて立ち上がった。
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