愚神と愚僕の再生譚
3.雲下の後悔⑨ 本当に須藤が原因なのか?
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 女子トイレから少し離れた、廊下の窓際。そこにどんと背を預け、運動部員に紛れるようにして待つ。傍らでりをする卓球部員の、あからさまに邪魔を訴えるまなざしには気づかないふりをしておいた。 (……つーか、これじゃあ本当に変態みたいじゃねーか)  頭痛を感じて、そういえば血を大量に抜いた(抜かれた)ばかりだと思い出し、懐から増血剤のケースを取り出す。  いつもは1錠だが今回は多めに3錠を取り出し、リュートはまとめて飲み下した。水が不要なのは便利だが、やはり水分がないとどうにも飲み込みづらい。  ――1分とたないうちに効果が現れた。 「……っ」  どくんどくんと、身体からだ中の血管が脈打つ感覚。動機が高まり呼吸が引きつる。強制的に活発化させられた造血細胞が、一気に血液を作り出しているのだ。  不快感に耐えながら思考を続ける。 (にしても実際どうなんだ。本当に須藤が原因なのか? 少なくとも、故意にしんを呼ぶような人間には見えなかったぞ)  りんあたりならわたりびとへの嫌がらせとして、これ以上ないほどとして、ここぞとばかりに呼びそうではあるが。 (そうなるとやっぱ特異体質の線か? 他の要因は? 電波は関係してねーのか?)  しんげんしゅつについて、明確に分かっていることは少ない。セラの言うように、ほとんどは統計的に導き出された傾向で、理論的な裏づけが追いついていないのが現状だ。  その中でほぼ間違いないと思われるのは、げんしゅつ率は電波に左右されるということだ。強力な電波が発生する場所は、次元のゆがみを受けやすい。情報通信網が整った先進国におけるげんしゅつ率が、後発開発途上国よりも圧倒的に高いのはそのためだ。  それが判明した時点で世界守衛機関WGOは全世界に警告声明を発し、一度は主要国首脳会議サミットでも議題に取り上げられたが、結局なにも変わらなかった。一度手に入れた利便性は、そう簡単には捨てられない。  ではより強固な電波を特定の場所に発生させ、しんをおびき寄せようという計画も持ち上がった。  しんは多数存在しめっさつもできないが、総数に限りがあることに変わりはない。あえてもろい『穴』を作り、そこに大量のしんを呼び込むことができれば、地球人生活圏へのげんしゅつを相対的に減らせるというわけだ。  必要なのは地球人から隔絶された環境と、あくまでこちらの管理のもとしんの多重げんしゅつを可能にするすべ。電波発生場所には絶海の孤島などが候補に挙げられ、多重げんしゅつの研究も始まった。手探りからの研究ではあったが、もとより長期的な計画と見越してのものだった。  しかし強力な電波発生装置の設計図が作られたところで、地球人側から申し立てがあった。  いわく「反逆行為の疑義がある。わたりびとが、巨大な電波発生装置を建設することは認められない」――そして計画は頓挫した。 (馬鹿馬鹿しい話だよ、まったく)  ちょうどため息をついている時、明美が出てきた。 「天城君?」 「え?」  トイレの入り口から離れている上に人も多くいるというのに、あっけなく名指しされて動揺する。しかしよくよく考えれば、ひとりだけ浮いた制服なのだから目立って当たり前だ。  馬鹿をやったもんだと自分にあきれるが、見つかってしまったものは仕方ない。 「ああ、よう。須藤もトイレか? 奇遇だな。図書室戻るんだろ? 一緒に行こうぜ」  やや強引に明美の隣に立ち、歩を合わせる。  明美は多少不審に思ったようだが、気にしないことに決めたようで、 「そういえば天城君と水谷さん、司書室にいたけど。読書部に入るの?」 「ま、まあそんな感じかな。たぶん登録だけはする」 「そうなんだ……あの、どうして読書部に?」  そこは気になるのか、歩みはめぬまま顔を向けてくる。  まさか明美がいるからとは言えないので、リュートは適当にごまかした。 「あー、えと、なんかいろいろと便利そうだから。司書室使いやすいし」 「そう」  少し残念がるように、口を突き出す明美。  リュートはというと、本来のしん狩りという任務に付随するもろもろの出来事に、いいかげんうんざりしていた。 (やっぱテスターあたりに振る任務だろこれは。俺じゃ対処しきれない)  図書室に戻ると司書室の窓から、セラが腕でバッテンを作って見せてきた。明美に見つかったことを非難しているのだろうが。 (ちゃ言うなハイテンション吸血むすめ)  リュートは口に出す代わりに、思い切り舌を出して見せた。 ◇ ◇ ◇
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