愚神と愚僕の再生譚
2.くすぶる憎悪⑥ 奇遇ですね
「存在のルールすらねじ曲げて、ねえ……」
リュートは左腕を上げ、今はおとなしく眠って(?)いる残魂に問いかけた。
「お前はそうまでして、なにを求めているんだ……?」
「――それよ!」
突然、首から上がねじ飛ぶかと思うほどの勢いで、ツクバがこちらに顔を向ける。
「え?」
彼女はリュートの両肩をガシッとつかむと、激しく前後に揺さぶってきた。目をかっ開き、
「残魂から未練を聞き出して、それを解消してあげればいいのよ! なんでこんな当たり前のこと思いつかなかったのかしら! あたしってばどうかしてる!」
「奇遇ですね俺の三半規管もどうにかなりそうです!」
ぐわんぐわんと視界が揺れる中、叫ぶ。
気づいたツクバが「あっごめんごめん」と急に手を離したため、リュートは後ろによろめいた。
「リュー、ちょっと待ってて!」
一方的に言い捨て、ツクバが身を翻す。研究会室へと戻っていくその背中に、定まらない視線で「りょ、了解です」と返し、
(すっげー馬鹿力……)
首の後ろに手を当てる。振り回された頭が与えた負荷に、首が悲鳴を上げていた。
(G専科生としては歓迎すべき長所だな)
それを仲間に発揮してほしくはなかったが。
と、揺らぐ視線が安定したところで、ちょうどツクバが駆け戻ってきた。
「お待たせー。はい、これ飲んで」
差し出されたのは茶色の小瓶だった。半透明で、栄養ドリンクに使われる類いのものだ。
というより、そのものなのかもしれない。剝がし損ねたラベルの跡を見ながら、リュートはあきれたようにツクバに聞いた。
「これも通販ですか?」
「相手は実績ある契約霊媒師だから、信憑性は確かよ。この薬は体内に取り込むことで、残魂との同調を促すの」
得意げに、腰に手を当てるツクバ。
しかし、リュートはむしろ不安をかき立てられた。眉をひそめ、
「俺素人ですけど、それってなんかヤバくないですか? 残魂に乗っ取られるんじゃ……」
「そこはリューの気合次第ね」
「なんですぐ気合にもってくんですか」
「んもう、そんなことどうでもいいでしょ。早く飲んで飲んで」
「わ、分かりましたから、そんな押さないでください」
急き立てられ、リュートは仕方なく小瓶の蓋を開けた。特に刺激臭はないが、それで安心というわけでもなく――無臭の毒だってたくさん存在する――恐る恐る、瓶のふちに口を付ける。
味は……妙に甘い。くど過ぎて気持ち悪くなるような甘さだ。
我慢しながら休憩を挟みつつ、口内へと流し込んでいく。
「なんっか……どろどろしますね」
「ああ、それたぶん煮崩した雄牛の目玉」
ぶっ。
盛大に吹き出すリュートを見て、ツクバがけらけらと笑う。
「冗談よ冗談。にしても古典的なリアクションねー」
「古典的なギャグかましといてなに言うんですか」
つんとする鼻を押さえ――少しばかり鼻に逆流したのだ――リュートは抗議した。
「ごめんごめん。もうふざけないから」
言いながら目に涙を浮かべて笑いを引きずるツクバに、説得力は欠片も感じなかった。
とにもかくにもこの味から早く解放されたくて、リュートは残りの液体を一気に飲み干した。
「うえ」
舌を出し、唾液でごまかそうと何度も嚥下を繰り返す。
ツクバが期待を込めたまなざしで、
「どう? なにか感じる?」
「んー……別になにも……」
半ば以上諦めて、それでも一応は待つ――と。
ぞわっと、爪先から頭頂まで一瞬で駆け抜けたなにかに総毛立つ。それは一度抜けた後再びリュートの中に入り、身体中を駆け巡った。物理的ではない、感情の波だ。
痛み、悔しさ、怒り、悲しみ。そして憎しみ。
憎い。どうして自分がこんな目に。自分がなにをしたというのか。
……したい。復讐したい。徹底的に痛めつけてやりたい。そうでなければ、割に合わないではないか。
極限まで恐怖させ、徹底的に痛めつけ、
(あいつら全員、殺してやりたい……)
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