愚神と愚僕の再生譚
5.立場の選択① 馬鹿なの?
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◇ ◇ ◇ 「馬鹿なの?」 「ぅぐ……」  完全に蔑むまなざしで見返され、リュートは両拳を握ったまま押し黙った。  狭い室内では、大した声量でなくとも鼓膜に――いや、胸に響く。それが軽蔑に満ちた言葉ならなおさらだ。 「せっかくのチャンスだったのに……背負ってもらってそれで終わり?」 「……そうです」  ほおづえを突きながら畳みかけてくるセラに、返す言葉もなにもない。  未奈美に背負われ、保健室に運ばれたまではよかった。連絡を受けたセラは、こちらが思っていた以上に心配してくれ、気遣ってくれた。  が、訓練校に戻り、補講前の待機時間に詳細を語ったところ、世にも冷たい言葉を発してくれた。 「あの女はDAGダッグに所属してるのよ? 遠慮なんてする必要ないじゃない。鉄棒1本返してもらうことが、なんでどうしてできないわけ?」 「……すみません」  少人数用の教室では、各人用の机が並んでいる。左隣のセラ、右隣のテスターに挟まれ、リュートは非常に肩身の狭い思いをしていた。  逃げるように視線を落とすと、机上にひらかれた教科書――『次元可能性検証論』――が目に入った。  興味があったわけではない。ただ途方に暮れた末の無意味な行動として、リュートは誌面の文字を目で追っていた。  ――次元とは可能性の顕現であり、可能性の数だけ次元が生まれる余地がある。しかしそれをかたちにできるのは、我らが母なる女神様のみ。しゅは箱庭や精錬世界に限らず、かつて多くの次元を創ったとされる。  中でも特殊なのは、自律指向型記憶次元メモリー・サーキットである。この次元は世界の記憶を再現するが、たどり着いたかもしれない未来を探る検証次元でもある。個体は再現された人格に基づき思考・判断し、行動する。未来は選択肢の積み重ねで分岐していく。 (悩ましい選択肢であるほど、再現された個体の選択は、オリジナルとずれていく。個々の選択のずれは絡まり合い、大きなうねりとなって、世界の未来をも変えていく……) 「ちょっとお兄ちゃん、聞いてるの⁉」 「へ? あ、ああ聞いてる聞いてる、聞いてますっ」  慌てて取り繕うが、聞いていないのはバレバレのようだった。セラの眉がいっそうつり上がる。 「絶対聞いてないでしょ!」 「や、ほんとにほんと、本当に聞いてるって!」 「そこまで目くじら立てなくてもいいだろ、セラ」  ドツボにズブズブはまり込んでいくリュートに助け船を出してくれたのは、珍しいことにテスターだった。  彼は教科書に目を通す傍ら、横目で続ける。 「まあ、もう少しうまくやれよとは思うけどな。どのみち俺らが困るわけじゃないんだ。好きに追いかけっこさせときゃいいだろ」 「けん紛失の黙殺に関しては同罪だから、発覚したら私とテスター君も、もろともに処罰されるんじゃないかしら」  感情なく告げるセラの言葉を受け、テスターはばたんと教科書を閉じた。 「『リュートこのマゾを好きにいたぶっていいからけんを返してください』って頼み込むのはどうだろう」 「お前……」  変わり身早くひどいことを言うテスターにあきれ、息をつく。  しかしこちらとて、早くなんとかしなければならないとは思っているのだ。  リュートは自分への念押しも兼ねて断言した。 「大丈夫だ。明日あしたこそは必ず話をつける」 ◇ ◇ ◇
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