愚神と愚僕の再生譚
5.自民族中心主義⑦ 地球人はめんどくせえよな。
「佐伯くーん、天城くーん」
眼鏡を掛けた女生徒がひとり、こちらに手を振りながら駆けてきた。
脚本・演出担当の江山だ。いつも髪をふたつ結びにまとめている。下の名は確か悦子だったような気もするが、自信はない。
(あー……また飛んじまった)
リュートとセラは高校生活のため便宜上名字を与えられたが、そもそも神僕には名字がない。
そのこともあってか、頭の中でクラスメートの氏名が順列組み合わせよろしく入り乱れ、たまにすぽっと抜けてしまうのだ。
(地球人はめんどくせえよな。名前だけじゃいけねーのかよ)
難癖に近い疑問を抱きながら、俊介とふたり、立ち上がって待っていると、
「脚本改定したからチェックしといて。主要登場人物の関係を見直して、何人かの台詞を増やしたから。一番の変更点は、騎士がひとり増えたことね。この黄色の付箋が立ってるとこ」
到着した江山がてきぱきと話を進めながら、脚本をリュートと俊介に押しつける。
言われたままに付箋のページを開くと、確かに以前はなかったシーンが挿入されていた。
ざっと見た限りだと、ひとりの騎士が敵側の姫を愛してしまい、裏切りを企てるという流れのようだ。
「別に今のままでもいいような気もするけど。要るのか? こんな役どころ」
他意なく言ったつもりなのだが、江山は気に障ったようだった。
「なに言ってんのよ天城君!」
指をびっと立て、抗議の声を上げてくる。
「あなたのためにわざわざ書き直したんだからね! しかもテスト期間中に!」
「へ?」
「だーかーらー。これはあなたの役なの! 飯島先生から聞いてないの?」
「全然全く一言たりともっ!」
言いながら、持っていた金槌を放り捨ててダッシュする。反対側の隅で、別の大道具作業を見ていた飯島の元まで行き、
「どういうことですかっ⁉」
脚本の新規挿入場面を、バシッと指して見せつける。
「俺がいつ役を欲しいって言いました? 言ってませんよね? 劇の本番だろうがなんだろうが、鬼が幻出したら俺は抜けるんですよ? 明らかに無理ですよねどーしてそういうことするんですか渡人が嫌いですかそれとも俺が嫌いなんですか? だったら駄目なとこ言ってください2秒で直しますからところで俺って415ちゃんズの片割れなんですけど、もしかして415ポイントとかで配役免除とかできたりします⁉」
「いや、そんな風変わりなポイント制度聞いたこともないが……」
後半支離滅裂になって手を震わせるリュートに気圧されたのか、飯島がなだめるように両手を上げる。
「お前はちゃんと課題も提出するし、いい生徒だと思ってるぞ。時間がない中頑張っていると思う。だから――」
「だからもっと俺の時間を削って心を潰そうと⁉」
「違う違う。お前、本当に俺が嫌がらせで決めたと思ってるのか?」
「そうは思いませんが……」
渋々認める。飯島は腕を組んで苦笑した。
「確かに大変だが、やってみる価値はあると思うぞ。上演中の幻出については安心しろ。本番だけは、他の守護騎士が応援に来てくれるらしい。今回の試験と同じやり方だ」
「……だから、そんな回りくどいことしてまで俺に役回す必要ないでしょう?」
「まあそうかもしれんが」
飯島は困ったように頭をかき、
「でも、言い出したのはお前のとこの学長だぞ?」
「……は?」
ビキリ、と頰が引きつる。
「セシル学長に、俺が定期的に連絡入れてるのは知ってるだろ? 先週末電話した時、劇のことを話したんだ。そしたらお前に、ぜひ一役あげてくれって。いい人生経験になるからって。まあなんだ。教育的で、いい先生だよな」
「……っ……っ!」
罵詈雑言が脳内で飛び交う中思い出したのは、世界史で憤死した人物がいたということ。今この瞬間、リュートは自分が憤死するのではないかという思いにとらわれた。
が、その前に、がっしと腕をつかまれた。追いついてきた江山だ。
「ほら天城君。時間もないんだから、真面目にさっさと練習するよ」
「くそっ……馬鹿……セシル、がっ……覚えて……やがれっ……」
「まあ頑張れよー、天城ー」
飯島の無気力な声援に押されながら、リュートは江山に引きずられていった。
◇ ◇ ◇
応援コメント
コメントはまだありません