愚神と愚僕の再生譚
4.学校の怪談② 学校といえば怪談。
◇ ◇ ◇
とにもかくにも、まずは人目を避けようということで、女子寮1階の簡易ジム内へと移動して。
「さってと。まずはやっぱり自己紹介よね」
蛍光灯の青白い光に照らされながら、ツクバが襟に入った青ラインを指し示した。
「私はG専科7回生のツクバ。残魂研究会の会長でもあるわ」
「俺はテスター。G専科5回生です」
「私はAR専科5回生のセラです。リュート様とは――」
「ストップ」
よどみないセラの言葉を、ツクバがすっと押しとどめた。
「それなのよね。君たちを食堂で見かけた時とか、たまに聞こえてくるんだけど。あなたリューのこと、リュート様とか呼んでたわよね」
「え? はい、そうですけど」
「さっきお兄ちゃんって呼んでなかった?」
セラがぎくりと身をすくませる。
「いえ、それは……」
「口調も違ってたし。『様付け』と『お兄ちゃん』って……」
セラの答えがなくとも、ツクバは頭の中で辻褄を合わせたらしい。「ああ」とひとりうなずき、
「もしかしてリューの趣味? 呼ばせてんの?」
「違いますっ!」
「冗談よ。どう見たってさっきのが彼女の素っぽかったし。兄妹なんでしょ?」
「や、えと……」
「いーわよ別に。隠したいなら黙っててあげる」
あっさり言うと、ツクバは壁際のベンチに腰を下ろした。
てっきりもっと追及されるかと思っていたのだが、ツクバにとってはその程度のことらしい。
いや、リュートたちが過敏になっているだけで、これが通常の反応なのかもしれない。
(ま、まあ……黙っててくれるなら、いいか?)
リュートはセラと視線を交わし、この件についてはそのまま流すことにした。
「それじゃあ時間も限られていることだし、さっさと始めましょ」
足を組んで高らかに――忍んで云々はどこへ行ったのか――宣言するツクバ。リュートらは立っているので、自然3人でツクバを囲んで見下ろす形となる。
「始めるってなにをです? こんな時間に、こんな場所で」
閉じたドアをちらりと見て、テスターがツクバに問う。外に誰かいないか気になるのだろう。深夜の女子寮にいるのだ。気持ちは痛いほど分かる。
「怪談の真相を突き止めるのよ」
「カイダン? て、お化けとかの方の怪談ですか?」
「そ。学校といえば怪談。どこの学校にも付き物でしょ」
「ここは神僕の学校ですよ?」
言外に、地球人の学校ならともかく、訓練校で出る話題ではないと含めるリュート。
しかしツクバは、やたらもっともらしく言い返してきた。ちっちっちっと指を振り、
「残魂について知っていようが、現実主義をたたき込まれようが、それでも隙間をついて生まれてくるのが怪談ってもんよ」
「でも俺、怪談なんて聞いたことないですけど」
「それは君に友達がいないから」
ズバッと一方的に痛恨の一撃を決めると、ツクバはあっさり話を戻した。
「一部の女子学生の間で噂になってるの。絶望幼女と狂乱童子」
(『一部の女子』じゃどのみち俺には伝わらないじゃねーか)
心の中で――口に出すと引きずってるみたいで嫌だったのだ――反論し、
(つか絶望幼女に狂乱童子って……無駄に仰々しいよなー、怪談の名前って)
などとあきれながらも、リュートはセラに問うた。
「お前は知ってるのか?」
「そんな噂があるなってことくらいは」
肩をすくめて、セラ。
「で、どんな話なんです?」
再度テスターが促すと、ツクバはぴっと指を立てて天井を見上げた。
「深夜になるとこのJ棟のどこからから、幼い女の子のすすり泣きが聞こえてくるらしいの。でも、声を頼りに探してみても見つからない」
「それって単に幼い声の訓練生が、夜な夜な意味もなくめそめそ泣いてるだけなんじゃないですか?」
単にっていうには棘のあるピンポイントさで、セラが言う。
ツクバは一応、まっとうな意見として受け止めたらしい。小さくうなずき、
「その可能性もゼロってわけじゃないけどね。どちらにせよ興味深いのは、女の子の正体よ」
自分を囲う3人と順に目を合わせながら、続ける。
「女の子が泣き声混じりに漏らす独り言。なんとか一部を聞き取った子がいるんだけど……どうも聞いた感じだと、その女の子は学長の娘なんじゃないかって」
「え?」
リュートは聞き返しながら、セラへと向きそうな目を強引にツクバへと向けた。そのせいか目に妙な痛みを覚えつつ、付け加える。
「確か学長は、独り身じゃありませんでした? 娘がいるとは思えません」
「私が初等生の頃の話だから、君たちは知らないかもしれないけど。学長に子どもがいるんじゃないかって、噂になったことがあったのよ。だからもしかしたら、ね」
「へ、へえ」
あくまで「なるほどなー」という体で、リュートはセラをちらりと見た。
セラはさすがというか、微塵も動揺を漏らさずに、
「それで、狂乱童子というのは?」
と聞き返していた。
途端ツクバは声を一段階大きくした。たぶんこちらの方をすごく話したかったのだろうと分かるようなテンションで、リュートに指を突きつけてくる。
「こっちはすっごい悪質なの。なんていうか、めっちゃえげつないって感じ」
「はあ」
「狂乱童子。別名リアムの呪い」
「へ?」
想定外の極値のような単語を聞き、リュートは目をまたたいた。
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