愚神と愚僕の再生譚
3.故郷の幻影⑤ さすが女神様の神殿だ。
鳴き声ではなく、確かに言葉を発した。
それを確認したところで、リュートは屋内中央へと身を投げ出した。
またもや壁の崩落する音。
(返せ? 我らの? 命?)
聞き取れた単語を反芻するも、全く意味が分からない。堕神が話したということだけでも驚きだった。
(回帰形態だと知能や心も、かつて在ったものへと近づくのか?)
床を転がっている時間にそこまでをまとめると、リュートは足裏で強く床を蹴った。その勢いのまま反対側の壁へと向かう。
天井からパラパラと石が落ち始めているが、あと一押しは欲しいところだ。
堕神を引きつけては壁に激突させを繰り返し、
(よっしゃ撤退っ!)
歯を食いしばって出口へと急ぐ。
天井から落ちてくる石をあわやというところで避けながら、リュートは大きく足を踏み切った。
出口に飛び込みながら首を後ろにひねると、こちらへ爪を伸ばしている堕神が目に入った。しかしそれも一瞬のことで、堕神はすぐに上から落ちてきた天井に潰され、その姿は見えなくなった――
◇ ◇ ◇
荒廃した沈黙の地に、またひとつ破壊の歴史が加わった。
「あああああ……」
ぺたんと地面にへたり込むタカヤの隣で、リュートは完全無欠に崩壊した神殿を、まあそれなりにむなしい思いで眺めていた。
あの崩落の中では、さすがに《眼》も無事ではないだろう。またどこかで再生されるだろうが、そのときにはリュートたちは箱庭世界に戻っているはずだ。
とはいえ別口の堕神がやって来る可能性は十分にある。
早いところ帰還ポイントに戻って装置を外そうと考えていると、タカヤがバッと立ち上がった。怒るほどには立ち直ったらしく、両拳を握ってリュートへと詰め寄ってくる。
「なんてことするんですかリュート先輩! 大事な神僕の遺産ですよ⁉ それも女神様の神殿っ!」
「ああ、さすが女神様の神殿だ。御利益あったぜ」
「いえそうじゃなくて!」
「あれは老朽化が進んでいた。いつ崩れてもおかしくなかった。だったら今崩しても構わないだろ? どうせ崩れるんだから。終わる前に終わらせれば悲しくない」
「そんな前向きな終末論かましたって無駄ですよ! このことは報告させてもらいま――」
リュートはタカヤの後ろに回り込むと、がっしと肩に腕を回した。ヘッドギアがぶつからない程度に顔を寄せて指を立てる。
「さて交渉タイムだ。セラの好きな本を教えてやる」
「は?」
「俺はお前の邪魔も応援もしない。ただあいつの趣味を教えるだけだ。その代わり神殿の件、積極的には口外しないでほしい」
つまりは黙ってろと同義だが。
タカヤは虚を突かれた顔をした後、明らかに焦って挙動をおかしくし始めた。
「な、なんの話ですかっ。俺は別に……?」
「聞きたくないか? ああ見えてセラは、自分が認めた者以外には容赦ないぜ。下手なこと言ったら急転直下に侮蔑対象だ。犬畜生と蔑まれて泣き崩れたベンの姿を、俺は今でも忘れない」
「…………」
「どうする?」
押し黙るタカヤは葛藤しているようだった。なにか大事な物を心の秤にかけている。思案し、殉教者のような苦渋を示し、
「……ま、まあ助けてもらった形にはなるわけですし、ね」
そして俗物へと堕ちた。
「よっし取引成立だな」
ここに来てようやくうまく事が運んだと、リュートはにっと笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇
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