愚神と愚僕の再生譚
2.地球人と疑惑と渡人⑫ 今日から彼女は監視対象です。
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 首元になにかがれる感触――注射器だ。  見たままを受け入れるなら、セラがリュートに注射器を突きつけていた。 「セラ、なにを――」 「静かに」  訳が分からず問いただそうとするも、鋭く一蹴される。  電気はついておらず暗幕も引いてあるため、部屋は薄暗い。暗幕の隙間から、わずかに光が漏れている程度だ。  そんな中、セラが脅すように言ってくる。 「動くと針が刺さりますよ。外に誰もいませんね?」 「ああ。つか、すでに少しばかり刺さってるんだけど」 「またまた進展がありました」  リュートの言葉は無視し、セラが身を乗り出して続ける。身長差があまりないため、今にも額がくっつきそうだ。 「今日から彼女は監視対象です」 「彼女?」 「須藤明美」  一瞬返答に詰まる。それはたすき高校に来て、最初に覚えた生徒の名だった。 「1年1組の須藤明美か?」  念押しするリュートに、セラがはっきりとうなずく。  彼女はリュート以外には、周囲の机や椅子にすら聞かせたくないとでもいうように声をひそめ、ほとんどささやくように続けてきた。 「ここの生徒がしんを呼び込んでいる可能性については、お話ししましたよね?」  リュートも釣られるように――というより首元に刺さった注射針が気になり、そうせざるを得ないのだが――抑えた声で返した。 「ああ。この近辺における、しんげんしゅつ地点・時刻から推測され得る可能性――だろ? でもなあ」  言葉を区切り、に落ちない思いで続ける。 「昨日きのうも言ったけど、現実味がないんだよな」  セラから聞いた話は、つまりはこういうことだった。  しんげんしゅつ地点・時刻をまとめると、ある一定のパターンが浮かび上がる。  平日の朝から夕刻までは、たすき高校を中心として。それ以外の時刻と休日は、高校付近のある区域を中心に、しんげんしゅつが増える傾向にある。  まるでたすき高校に通う、特定の生徒の行動範囲に合わせるかのように。  それだけ聞けば確かに、その推論にうなずきそうにもなるのだが。  はんすうしてもやはり同じ結論にたどり着き、リュートはうめくように指摘した。 「地球人がしんを呼び込めるっていう仮定が前提だろ? その前提にさらに仮定を重ねられてもな」 「前例がないのに確定事項があるわけないですよ。今までだって統計的な傾向から、しんげんしゅつについて推察してきたじゃないですか」 「そりゃまあ、そうだけど……」  返せる材料もなく、取りあえず注射器に視線を落とす。そろそろ抜いてほしかったのだが、セラは全くそのようなそぶりを見せない。  リュートは仕方なく、セラの仮定に乗っかって話を進めた。 「で、進展っていうのは……」 「もちろん『特定の生徒』の割り出しです」  言いながら、自身の左後方を視線で示すセラ。  導かれるように視線を送ると、彼女の近くにある机。その上に、分厚いファイルが置かれていた。表紙に貼られたプリントシールには『全校生徒名簿 ※校外秘』の文字。 「それ、閲覧許可は取ってある……んだよな?」  疑っているわけではないのだが、どう見ても取扱注意の重要ファイルを前にして、思わず確認の言葉が突いて出る。  初歩的なことを聞かれて気分を害したのか、セラはやや顔をしかめて返してきた。 「もちろんです。目的もバレないようごまかしておきましたから、安心してください」 「ごまかしたって、どんなふうに?」 「地球人との交流を深めるため、全校生徒の情報を確認したいと、飯島先生にお願いしました」 「へえ、いいなそのうそ。俺も必要なとき使ってみるか」 「リュート様はやめた方がいいですよ」 「? なんで?」 「だってうそくささが半端ない……」 「尊敬してるとか言う割に失礼だよな君」  軽く犬歯をむいてから、始業までもう時間がないことを思い出し、リュートは先を促した。 「それで?」  セラはうなずき、自身に確かめるように、丁寧に言葉を積み上げていく。
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