愚神と愚僕の再生譚
4.学校の怪談① か、勘違いすんなよ!
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◇ ◇ ◇  どこからか虫の音が聞こえてくる。6月の下旬ともなれば、身体からだにまとわりつくのはじっとりとした暖気だ。しかし額に浮かんだ汗は、暑さのせいだけではない。 (見つかりませんように……)  リュートは祈りながら前へ前へと足を進めた。  世界守衛機関WGO本部棟や研究棟、守護騎士ガーディアン宿舎等の一部にはまだ明かりがともっていたが、学生寮が立ち並ぶこの辺り一帯は、ほとんど闇に閉ざされている。道沿いの外灯が光を発しているものの、節電のため長い間隔で設置された、申し訳程度の光源である。歩き回るには心もとない。  しかし忍ぶ側からすれば、その夜陰こそ歓迎ものだった。  こそこそ歩き、J棟――6棟ある女子寮のうちの1棟へとたどり着く。 (話通りなら、いているはず)  リュートはそっと、東口のドアノブに手を掛けた。ゆっくりと押し開き、 「お兄ちゃん……」 「ぅおわっ⁉」  暗闇の中から聞こえてきた声に、動揺して跳びすさる。  すると今度は背後から、 「リュートお前……」  困り切った声に振り向けば、見覚えあるシルエット。  暗がりのため視認はできないが、誰がいるのかは明らかだった。 「お前らなんでここに⁉」  前後を封じられ、リュートは横へと飛びのいた。 「それはこっちの台詞せりふよ!」  ぬっと扉の隙間をかいくぐり、ひとりの少女――セラが出てくる。スマートフォンらしき物体を手に掲げ、 「様子が変だったから、テスター君に頼んで見張ってもらってたのよ。だけどまさか、女子寮への侵入だなんて……」 「お前って結構な色ボケ野郎だったんだな」  嘆くセラに、平然と納得するテスター。  こんなことで幻滅されたり、新たな一面として自分の人格評価を上書きされたりしてはたまったものではない。リュートは事情を説明しようと慌てて口をひらいた。 「か、勘違いすんなよ! 俺は言われて仕方なくっ……」 「じゃあやっぱりあの先輩とき⁉」 「違う! んなことあるわけねーだろ!」 「そこまで全力で否定されると、こちらとしては傷つくわねー」  唐突に割り込んだ声に、リュートたち3人は口をつぐんだ。  いつの間にかセラの後ろに、もうひとつの人影が控えていた。 「ツクバ先輩!」 「まったく、忍んで来てって言ってるのに……眠ってる人全員起こす気?」 「……すみません」  額に手を当てどうやら嘆息しているらしいツクバに、リュートは素直に謝った。  彼女はセラの肩をぽんぽんとたたき、 「君たちも。リューを見張ってるのかなんだか知らないけど、騒ぐのだけはやめてもらえる?」 「す、すみません……」 「申し訳ありませんでした」 「まあいいけどね。人手が欲しかったところだし」 『え?』  不意を突かれた声を上げる、セラとテスター。リュートはというと――なんとなく察してはいたので驚かなかった。 「だって当然、ここまで来たなら手伝ってくれるのよね?」  ツクバは恐らくウインクでも決めながら、楽しそうに聞いてきた。 ◇ ◇ ◇
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