愚神と愚僕の再生譚
4.終息する変事⑧ ふざけるなっ!
ぐ……と息を詰まらせる凜。しかしすぐさま、震える声でテスターへと嚙みついた。
「だって……今更どうしろっていうのよ! 散々いろいろやっておいて……どうすればいいのよ⁉ どうせ私はずっと、嫌な私のままでっ……!」
「なんで無理って前提なんだよ」
怒りを押し殺したような声で、銀貨が口を挟む。
彼から反論されることに、慣れていないのだろう。凜は困惑したまなざしで、銀貨を見返した。
「今めいっぱい後悔してるなら、少しずつ直していけよ。今の自分が嫌だから他人に八つ当たりを続けるなんて迷惑だ! なんでお前の心の安定のために、僕たちが心をすり減らさなきゃいけないんだよ⁉」
銀貨は興奮に任せて、リュートとテスターの間を分け入り、
「やり返すだって……? ふざけるなっ! 僕はしない! 絶対にしないからな!」
癇癪を起こしたように、足を踏み鳴らした。
「本当に悪いと思ってるなら、散々自己嫌悪に陥って、それでも自分を見つめて変わってみろ! 誰だって、謝るだけじゃ変わらないんだよ! それをきっかけとして変わってくんだ!」
見たのは――初めてだった。
銀貨が、こうまで激しく凜に詰め寄ったのも。
「うう……」
凜が銀貨に圧倒され、怖じ気づいたようにうつむいたのも。
「う……」
壁に背を預けたまま、ずるずると崩れ落ちる凜。へたり込み、地面につけた両拳をぎゅっと握り――
「ごめん……なさい」
小さく、聞き逃してしまいそうなほどに小さく、つぶやいた。
「僕は……」
先ほどまでの勢いが嘘のように、銀貨がしぼんだ声を出す。
どういう返答をしたいのか、その表情からは読み取れない。
答えを出さなくていいよう割り込んでやるべきか、答えを伝えられるまで待ってやるべきか。
リュートが選択する前に、残魂が選んだ。
『許せる……わけがない……』
残魂はうなるように言葉を発し、
『でも……俺もきっと……その言葉が欲しかった』
哀切な表情を貼りつけたまま、靄は徐々に形を崩し、やがて空気に溶け消えた。
「終わった……のか?」
「みたいだな」
テスターの言葉を受け、それでも念のため数十秒ほど待ってから、リュートは緋剣を解除した。
「つ……っかれた」
ずどんと――棚上げにしていた全てが一気に押し寄せてきて、倒れ込みたくなる。
「寝るなよリュート。片づけが残ってんだから」
「分かってるよ」
釘を刺してくるテスターに不服げに返し、リュートは凜へと視線を転じた。
「そういや角崎、足は大丈夫か?」
「別に。大したことない。一時的に痛かっただけ。たぶんもう歩けるし、自分で保健室にも行ける」
早口で答える凜。それが強がりでないことを確認するため、リュートはかがんで、凜の右足首に手を触れた。
「ちょ、やめてよ変態!」
「なんでも変態って言えばいいわけじゃねーからな」
あきれ目で答え、内心ほっとする。
凜の怪我は本人の言う通り、大したことないようだった。青痣はできるだろうが、それもそのうち消えるだろう。
銀貨がなにか言いたげなのを見て、リュートは立ち上がった。
「んじゃ、片づけるとすっか」
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