愚神と愚僕の再生譚
4.学校ウォーズ⑦ 先鋭的に、攻撃的に
一撃を食らう瞬間、威力を軽減するため自ら斜め後方へと跳んでいた。
それでも容赦なく後方へと押しやられ、背中から地面にたたきつけられる。
一瞬ぶれた後回復した視界には、迫る堕神の左拳。
左肩は地面に抑え込まれたままだが、精いっぱい身体をひねって拳をかわす。
否、完全にはかわしきれず、鋭い爪が右肩口をかすった。
それについてはリュートは無視し、逆手に持ち替えた緋剣を、堕神の首へと突き刺した。
堕神がのけ反るように顔を上げる。堕神に痛覚はないから、その動きは負傷によるものではなく、単なる攻撃の予備動作だろう。
そうやって予期できても、避けられないのがつらいところだが。
眼前に迫る迫力に、生じないはずの風を切る音すら錯覚で聞こえてくる。
「ぐっ⁉」
こめかみへの衝撃、次いで地面に激突した後頭部への衝撃が頭を揺らした。
地面に縫いつけられたままではそれが限度だと思っていたが、予想外に身体が飛ぶ。堕神が楔となっていた手を、リュートの肩口からどかしたのだ。
解放されたのを幸いと、リュートは地面を転がるに身を任せた。
止まったところで立ち上がろうとするが、視界が揺らぎうまくいかない。いや、揺らいでいるのは頭の中身か。それすらもよく分からない。
それでも肘を支えになんとか半身を起こし、堕神との位置関係を確認する。
堕神はリュートから5メートルほどの距離にいた。つまりはそれだけの距離を、飛ばされ転がされたというわけだ。
「ち……っくしょ……緋剣は……?」
堕神の首にそのシルエットを探すが、もはやそこに緋剣はなかった。リュートの集中が途切れたことでただの鉄棒に戻り、堕神の足元に転がっている。
堕神の傷口からは、赤い粘液――リュートの血液が流れ落ちようとしていた。緋剣の位置を触覚的にも視覚的にも補足できなくなったため、干渉はほとんど途切れかけている。
(今ならまだ、やつの因子に食われていない……いけるか……?)
以前一度、緋剣を通さず体外の血液に干渉し、血刃を創り出したことはある。それも大量に。
しかしそれは、女神がとっさに力添えをしてくれたおかげらしい。これは当人から小馬鹿にするようにして聞かされた――「まさか貴様、本当に自分にそんな実力があるとでも思っていたのか? それはあまりにもずうずうしい思い込みであろう」――ので、間違いはないだろう。
そうなると今からやろうとしていることに、なんの保証もついてこないことになるが……
リュートは奥歯を嚙みしめ、再干渉を試みた。
対象は、堕神の傷口に入り込んだリュートの血。自身の体内を巡る血液に干渉しないよう、慎重に、しかし迅速に意識を練り上げていく。
堕神が追い打ちをかけるべく、身体ごとこちらに向き直った。
血液が固形化していくのを感じる。
が、思い描いた外形になる前に、ぎちりと変化が止まった。内側から、堕神の肉壁にぶち当たったようだ。
堕神は気にしたふうもなく、こちらへと向かってくる。
(もっと……もっとだ……!)
息を止め、先鋭的に、攻撃的に創造する。
ずぐん! と。
複数の棘に形を変えた血が、堕神の白肌を突き破り出てきた。実際に自分の手で貫いたような錯覚に、ぞわりと総毛立つ。
「やめて……」
未奈美の、かすれた声が耳に届いた気がした。
が、そちらに気をやっている余裕はない。堕神はもう目の前だ。
(……ぶち抜けっ!)
リュートは胸中で吠え、イメージを爆ぜさせた。
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