愚神と愚僕の再生譚
1.共生暴力⑤ 慌てて笑顔を取り繕った。
「ちょっ⁉」
反射的に受け身を取り、瞬時に後悔が押し寄せる。
硬いアスファルトにたたきつけられるのは避けられたが、転がったせいで、車道のど真ん中に飛び出していた。
「※○☆◆▽っ⁉」
声にならない悲鳴を上げ、歩道と思われる方向へ――視界が回転した後で方向感覚も定かではなかったが――とにかく全力で転がり戻る。
なにかに背中をぶつけて止まったところで、眼前を、大型トレーラーが重低音を響かせ通り過ぎていった。
顔面蒼白で、アスファルトに横たわったままそれを見送る。
(しゃ……洒落になんねえっ……)
しゃっくりのように引きつった呼吸を繰り返しながら、身を起こすリュート。どうやらぶつかったのは街路樹のようで、リュートが倒れていたのは車道の端だった。
「っ痛ぇ……」
立ち上がり、リュートはふらふらと歩道に戻った。ぶつけた背中よりも腹の方が痛かった。傷口が開いていなければいいが。
戻った歩道に堕神の姿はもうなかった。緋剣だけが、歩道に血をまき散らした状態で取り残されている。
認知したところ次元のゆがみも解消されているし、無事排除できたのだろう。
と、女の姿が目に留まる。
彼女は自分が引き起こした事態に驚いたのか、長い黒髪の一房を頰に張りつかせて呆然としていた。
しかしリュートと目が合うと、
「じょ……冗談やめて。被害者を装おうったって、そうはいかないんだから!」
などと口早に言い放った。
ビキィッ――とこめかみの辺りに引きつりを覚え、リュートは女の前に、ずかずかと進み出た。
「おいあんた!」
こちらの勢いに負けじとにらみ返してくる女に向け、まくし立てる。
「生きる権利は誰にでもあるっつったな⁉ 今俺の生命権が著しく脅かされたぞ! それについてはどーなんだっ⁉」
「自業自得よ!」
「設定ぶれてんぞ博愛主義者!」
「あなたが吹っ飛び過ぎなのよ! もっと根性出して踏ん張りなさいよ!」
「地球人の尺度で考えるな! 渡人の体重は軽いんだよ!」
「私が重いって言いたいわけ⁉」
「違うそうじゃねえしそうだとしてもどーでもいいっ! 俺は、主義主張を通したいならそれなりの筋を通せと言ってんだよ!」
右腕を横に振って言い募る。危うく殺されかけたことで、だいぶいらついていた。
「いいか、俺らの守護対象にはあんたらも含まれてんだ! 正直こんな不愉か――」
「リュートっ!」
歯止めを失った言葉が、テスターの叫びに遮られる。普段あまり聞かない、鋭く牽制するような声音に、上りかけた血が一気に下がる。
振り返ると、テラスからテスターとセラが、緊張した面持ちでこちらをうかがっていた。
(や……っちまった)
冷や汗が頰を伝う。
守護騎士の制服を着て、往来の真ん中で、地球人に罵声を浴びせてしまった。
恐る恐る、目だけで周囲を見渡し様子を探る。ぱっと見、撮影されてはいないようだが……
何人かはこちらに、侮蔑的な顔を向けていた。
そこまではいかなくとも、眉をひそめたり、友好的とは程遠い表情を浮かべたりする地球人なら幾人も。
リュートは慌てて笑顔を取り繕った。
「あ……え……っとですね」
後頭部に手を当てて改めて女を見返し、へらへらと続ける。
「こちらとしましては、盤石な安全保障体制を築くために、地球人の皆さまにもご協力いただきたいわけですよ。もちろん、DAGの皆さまの主義については存じておりますし、我々もそのご高潔な考えには、内心敬服いたしております。しかし我々の鬼への対処は、実情を踏まえたものであるということも、ご理解いただきたいわけでありまして」
下手に出ても女の表情は緩まない。
どころか、よりいっそう目がつり上がったような気もする。
落ち着かなく動いた足先が、歩道の上の緋剣を小突く。放置したままだったと思い出し、リュートは回収のため腰をかがめた。
「そのあたりにつきましては今後とも交渉を重ね、不断の努力をもって信頼を得ていこうと、我々も考えている次第で――」
拾い上げる直前、さっと緋剣をかすめ取られた。
「へ?」
顔を上げた時には、女はこちらに背を向け走りだしていた。
「なによ野蛮種族! こんな物捨ててやる!」
という捨て台詞を残して。
「あれ?」
めっちゃよいしょしたのに、なんで?
そんな思いを抱いた瞬間、さらなる罵倒がリュートを襲った。
「馬鹿リュート!」
「なにやってんのよ! 早く取り返して!」
口々に叫び、テスターとセラが女の後を追おうとする。しかしテーブル周辺にたむろしている客が邪魔で、抜け出すのにてこずっているようだ。
と、ようやく理解する。
「! ぉあああっ⁉」
両手をひくつかせ、叫ぶ。ごまかすのに必死になり過ぎて、当然示すべき反応を忘れていた。
「おいこら! 俺の緋剣返せえぇぇぇっ!」
リュートは腹が痛むのも無視して、全力で駆けだした。
◇ ◇ ◇
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