愚神と愚僕の再生譚
1.垣間見える幻妖② 真面目な渡人としてはそれが正しいでしょ。
◇ ◇ ◇
ざっ、と、アスファルトに転がる砂利に、靴底がこすれる。無音に支配された夜の学校では、そんな音すら大きな存在感を放っていた。
頰に触れる夜気は心地いいが、長くこの場にとどまるには、やや冷え過ぎの感もある。
無人となった襷野高校の、正面玄関前。
そびえ立つ校舎を見上げながら、最初に口を開いたのはテスターだった。
「なーんか、やる気削がれるよな。悪戯仕掛ける堕神なんて」
軍服を模した青い制服にブーツ、対堕神用の緋剣。リュートと同じ守護騎士の装いだ。
テスターはぼやきながらも緋剣の具合を確かめるように、剣帯へと手をやっている。
対して、心底やる気がなさそうなのがセラだった。口をへの字に曲げ、
「本当。なんでこんな噂のために、時間外まで居残らなきゃいけないんだか。つくづく面倒くさいわね」
「俺だってめんどくせーよ。でも、お前がやる気満々で引き受けたんだろ」
セラのあまりといえばあまりの物言いに、リュートは正当な抗議を込めて指摘した。
しかしセラは、それこそ不当な責めとばかりに顔をしかめて見せ、
「真面目な渡人としてはそれが正しいでしょ。それとも『そんなアホくさい噂知るかバカ死ね』とでも言えばよかった?」
「だからなんでこびるか死ねかの両極端なんだよ」
告げてから、注がれる視線の気配に、リュートは左へと向き直った。
「悪いな須藤。付き合ってもらって」
「大丈夫、そんなに遅くならなければ。お母さんには、友達と遊んでくるって言ってあるし」
答える黒髪の少女――須藤明美はやや引きつった笑みを浮かべて、セラに目をやっている。
やはり警護がしづらいということもあり、リュートとセラは数日前に、自分たちが兄妹であることを明美に明かした。彼女は思ったよりもすんなり受け入れてくれたが、毒をはらんだセラの言動には、いまだに慣れないでいるらしい。
「で、どうするんだ?」
当然のごとく答えを求めてくるテスターに、リュートは眉をひそめた。
「なんで俺に聞くんだよ。頭いいんだからお前仕切れよ」
「だって相談を受けたのはお前だし。それに年上はちゃんと立てないと、お前のしみったれたプライドが傷つくだろ」
「頑張ってお兄ちゃん! 普段はまるっきり垣間見えることのない、大人の威厳を示すチャンスよ!」
「よーしじゃあ早速年長者として、遠回しな嘲笑がいかに人を傷つけるかをレクチャーしてやろう」
半眼で指を立てるも意気は続かず、リュートはくたりと手首を曲げた。重力に従って腕を落とし、
「まあとにかく、悪戯云々はこの際どうでもいい。万が一その話が本当なら、堕神はこの世界に物理的に接触したことに――つまりは顕現した恐れがある。そっちの方が問題だ」
「でもそれなら、須藤さんがいるのは危険なんじゃない? そりゃあ彼女の場合は、顕現だろうと幻出だろうと、脅威レベルは変わらないのかもしれないけど……」
個人的な感情からか、セラが心配しきることのできない、複雑な表情で明美へと目をやる。
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