愚神と愚僕の再生譚
5.丑三つ時の狂乱⑥ ナイステスター!
(このやろ……)
頰をひくつかせていると、テスターが手を挙げた。
「学長、よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「セラはリュートの不審な動きが気になって、確認のため部屋を抜け出しただけです。元々ここは彼女の寮棟ですし、深夜徘徊だけで罰するには弱いかと」
「なるほど、考慮しよう」
長らしく、威厳を含ませうなずくセシル。リュートは心の中で拳を握った。
(ナイステスター!)
彼のおかげでセラは処罰を免れそうだ。ついでに自分のこともフォローしてもらえればと、期待を込めてテスターを見る。
「ではリュートに関して、そういった勘案事項はあるか?」
「全くありません」
「おい!」
叫ぶ。
「悪い悪い」
頭に手をやり、さほど申し訳なさそうにもなく、テスター。
「でもさ、本当になにも知らないんだよ。仕方ないだろ」
「せめて言い方ってもんが――」
「決まりだな」
リュートの言葉を遮り、セシルが断じる。
「処罰はリュートひとり。明日――いや今日か。朝一番に総代表執務室に来なさい。詳しくはそこで話す」
「マジかよ……」
最終的に自分だけが罰則を受けることに、疑問を感じなくもない。しかしそう思っているのはリュートだけのようで、周囲はそれで解決という雰囲気をつくりつつあった。
「さあ。もう遅いのだから、早く寮室に戻りなさい」
その言葉で否が応でも話は終わった。セシルに促され、皆でジムを出ようとすると、
「君は少し残りなさい。話がある」
引き止められたセラが、足を止める。つられてリュートも立ち止まると、セシルは「君は行け。邪魔だ」と邪険に手を振ってきた。
それについては反抗的な視線を返し、転じてセラを見るリュート。
セラが大丈夫だとばかりにうなずいたので、リュートは気になりつつも廊下へと出た。先行していたツクバとテスターに早足で追いつくと、ツクバは頭の後ろで手を組み、テスターに向かってぼやいていた。
「なんだかねー。一応解決したって感じにまとまってるけど……結局なんだったのかしら、絶望幼女と狂乱童子。残魂って感じでもなさそうだったし」
「研究棟がまた、なにかやらかしただけってオチかもしれませんね。どのみち学長が慌ててないなら、重大事態ではないですよ」
「それで思い出した。レコーダー! せっかく少しは録れてたのにー」
「壊れでもしたんですか?」
嘆くツクバに問いかけると、彼女は唇を突き出して答えてきた。
「学長に回収されたのよ。一応分析に回すって。あれ絶対返ってこないパターンだわ」
「いいじゃないですか別に。記憶には残ってるんだし」
「……そうね。生で見れただけよしとするか」
リュートの言葉で踏ん切りがついたのか、ツクバはさっと背筋を伸ばした。
「んじゃあ私、先行くわね。早く寝ないとお肌に悪いし」
意外に女の子らしいことを口にして、たたたっと小走りになるツクバ。東口の扉に手を触れると、彼女はこちらを振り返った。
「じゃ、またねイカ墨君。絶望幼女によろしくね」
「だからイカ墨じゃ……え?」
反射的に返して、言葉が途切れる。
今の口ぶりではまるで――
「……ま、いっか」
扉の向こうに消える彼女を、どこか他人事のように見送る。
「いいのか?」
「隠したがってるのも分かっただろうし、あえて言い触らしたりはしないだろ……たぶん」
リュートは自信なくテスターに返して、自分も出入り口に近づいた。扉を押し開いて外へ出ると、不気味なにやにや笑いを彷彿とさせる、極細の三日月が目に入った。
「あー……眠」
勝手に下りようとするまぶたを辛うじて持ち上げながら、リュートはあくびを嚙み殺した。
◇ ◇ ◇
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