愚神と愚僕の再生譚
5.終息――その後③ じゃんじゃん教えてあげますね。
◇ ◇ ◇
どうやら来客というものは、一時期に集中するものらしい。
ノックもなんの前触れも、おまけに遠慮の欠片もなく開いた扉を見て、信一郎はそんなことを思った。
今度入ってきたのは、ここ数年では一番顔なじみかもしれない男だった。明るい茶髪をアイドルグループよろしくセットした、会社員よりはホストと言われた方がしっくりくるような若造だ。
「磯崎さん、大丈夫っすか?」
青年は、風邪気味の相手に語りかける程度の軽さで言ってきた。
「あ、ああ……タイミングいいな。ちょうど今朝、意識が戻ったんだ」
「あー、らしいっすね。なんか会社に弟さんから、そういう連絡来たらしいです。んで俺が様子を見てくることになったんですけど」
ベッド脇の丸椅子に腰掛けながら、ざっくばらんに説明する青年。
彼が続けて聞いてくる前に、信一郎は答えた。
「会社の方には、明日きちんと俺から電話する」
「了解っす。にしても、交通事故で意識不明なんて聞いた時は驚いちゃいましたよ。てか一月近く経つもんで、俺なんてもう無理なんじゃないかって――あ、いやすいません」
「別に俺なんて、いなくても困らないだろう」
「なに言ってんすか。磯崎さんいないと困りますよ」
「休日労働してくれるやつがいなくて、か?」
皮肉を交えて返すと、
「嫌だったんすか?」
初耳とばかりに青年が目を丸くする。
「すいません。てっきり仕事が好きなのかと」
「あのなあ」
あまりといえばあまりの解釈に、信一郎はあきれた声を出した。
「だって磯崎さん、全然自分のこと話してくれないじゃないっすか。飲み会にだって来ないし」
「……俺は酒が飲めないんだ」
「なんだ、それなら言ってくれればいいのに。ノンアルの種類が豊富なトコ探しますよ」
青年が即答する。少なくとも表面上は、欠片も疎んでいる感じはしない。
(……そうか。こいつはこういうやつなのか)
過去に出会ったクズと同類だとばかり思っていたが、違うらしい。
勝手に決めつけて、ろくに話もしていなかった。そのくせ察してもらえることを期待して、結果すれ違いだけが積み重なっていった。
話さないから認識のすれ違いも正せず、目の前の青年に対し、ゆがんだ人間像を描いてしまっていたのかもしれない。
ふと気づくと、青年がこちらを見ていた。会話の続きを待っているらしい。
が、なにを返せばいいのか思い浮かばず、
「お前はもうちょっと礼儀を覚えないとな」
とっさに吐いたのは、突然過ぎる駄目出しだった。
が、青年は気を悪くしたふうもなく、困ったように頰をかいた。
「それよく言われるんで一応気をつけてはいるんですけど、なんかうまくいかないんすよねー」
「じゃあ俺が、その都度教えてやってもいいぞ」
「ほんとですか?」
「ああ」
「助かります。じゃあ俺も磯崎さんの駄目なトコ、じゃんじゃん教えてあげますね」
「……そういうところだぞ」
今後待っている生活。思ったよりも惨めにはならないかもしれないと、信一郎は思い直した。
《第3章》悔恨エクソシズム――了
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