愚神と愚僕の再生譚
3.爆ぜる理不尽⑤ じゃああんた当たってみる?
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◇ ◇ ◇ 「もう……本当に、最悪!」 「最悪なのは授業のサボタージュに巻き込まれた俺の方だっつーか、いいかげんまれよ角崎!」  1階に下りてもなお止まる気配のないりんに、リュートは強めに制止をかけた。 「命令しないでって言ってるでしょ!」 「分かったよじゃあどこ行くつもりなんだよ言ってみろよ!」  そう言われて初めて、りんは行き場がないことに気づいたようだった。ずかずか歩いていた足をめると、廊下の壁にもたれてうめく。  リュートも合わせて壁に背を預け、ため息をついた。もどかしい気持ちは、リュートだって変わらない。 「あーもう! こんな物とっとと外したい!」 (俺だって早く外してーよ)  吐き捨てるりんにリュートも毒づく。ただし心の中で。口に出すと、また際限のない口論に陥りそうな気がしたのだ。  適当に時間を置けば、りんも落ち着いて授業に戻るだろう。そう判断してリュートはひたすら寡黙を貫き、待った。  数分ほど経過してから、りんが心底嫌そうに話しかけてきた。 「ちょっと」 「なんだ?」 「離れたいんだけど、あんたと」 「…………」  リュートは嘆息し、右に半歩ずれた。手錠でつながれた手は残したまま、身体からだが少しりんから離れる。 「じゃなくて、これ」  りんが、右手を振って手錠をじゃらつかせる。 「そろそろマジで、あんたと離れたいんだけど」 「ああ悪い、確かにそろそろ離れるべきだな。じゃあ早速解錠しよう。あっれ鍵がないなこれじゃあ外せないぞ――で、どうやって離れるんだ?」 「長ったらしい嫌みはやめて」  わざとらしい台詞せりふを吐くリュートによく見えるよう、りんは親指を下に向けてきた。 「こんなもの壊しちゃえばいいじゃん。ていうか最初からそうすべきだったのよ」 「それについてはもう話しただろ。この手錠は洋画マニアだかなんだかの私物で、実際の撮影に使われたコレクターモノだから壊すわけにはいかねえんだよ」 「そんなのを学校に持ってくる方が悪いんでしょ。レアモノなら自宅の金庫に鍵かけてしまっときなさいよ!」 「俺に言うなよ! とにかく電車が動けば戻ってくるんだから、我慢して待ってろ!」 「だーかーらー」  うなるように声を出し、りんが視線をさまよわせる。なにを見ようとしたのかは分かっていたが、リュートはあえて無視した。  彼女は、せっかく離れた距離を自分で詰めてくると、こちらの鼻先に指を突きつけ、 「私はそろそろ限界なのよ! ちょっとは察しなさいよ!」 「お前が察してほしいことは俺だって察してほしいんだよお前こそ察しろよな!」 「なにそれ私から切り出せっていうの⁉ 女の子に恥かかせんじゃねーわよ!」 「ちげーよ意識しないように話題をけてんだよ自分だけがつらいとか思ってんじゃねーぞ!」 「あんたわたりびとなんだし平気でしょ⁉」 「平気なわけあるかわたりびとぼうこうにどんな偏見いだいてんだ!」 「うっわ言ったとうとう言った下品よあんた!」  汚物を見る目で一歩引くりん。  リュートは我慢できずに詰め寄り返した。 「知るかお前がふっかけてきたんだろ! 俺だって本当は切羽詰まってんだよ! つかぼうこうが下品ってどんだけ清純派気取ってんだよこのままだとふたりそろってぼうこうえんコースだぞ分かってんのか⁉」 「だから手錠壊せっつってんでしょ!」 「だから駄目だつってんだろ!」 「だったらあんたの手首を斬り落とせばいいじゃん! そーよそれで解決よ!」 「解決した後俺の手首はどうなるんだよ⁉」 「さあねのりでくっつけとけば⁉」 「お前思いやりのかけもねえな!」  リュートは叫ぶと右腕を振り上げた。勢いをつけて拳を放つ。 「ひっ……」  左手で、引きつった顔をかばうりん。  リュートは拳を彼女の顔面――ではなく、そこに向かって飛んできた黒板消しにぶつけた。  黒板消しは数メートルほど飛ばされて床に落ちた。反動で、パフに付着していたチョークの粉が舞う。 「お、驚かさないでよね!」  案の定というか、りんは礼の代わりに文句を吐いた。  リュートは彼女の手を引きつつ、後ろへと下がる。 「幽霊さんの休憩タイムは終わったらしいな」 「随分な余裕じゃん。2組の教室では割と焦ってたくせに」 「一定時間で力尽きるなら、逃げ続ければいいだけだ。あの時と違ってとどまる必要もねーし、どうせ小物ばっかだから、たとえ命中しても大事に至る可能性も低い」  逃げるならやはり外か。背後を確認しながら思案していると、 「じゃああんた当たってみる?」 「え?」  緊張を含んだ角崎の声に引かれ、前を向く。  机と椅子が浮かんでいた。 ◇ ◇ ◇
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