愚神と愚僕の再生譚
2.地球人と疑惑と渡人② 治癒力が著しく高いってのも考えものだよな。
◇ ◇ ◇
「ああ、それはお前が間抜けだったな」
「なんでだよっ⁉」
てっきり一緒になって不当性を訴えてくれると思っていたリュートは、長テーブルをたたいて立ち上がった。
後ろに押し出されて倒れた椅子が、硬質な音を立て床にぶつかる。食堂に飛び交う雑談がその音をのみ込んでくれたが、それでも数個の空席を挟んで座る何人かは、こちらへと顔を向けてきた。
向かいのテスターがリュートを見上げ、スプーンをくわえながら器用に口を開く。
「大丈夫かー?」
「だ、いじょ……ぶ」
顔面蒼白で唇を震わせながら、リュートはそっと拳を戻した。
「治癒力が著しく高いってのも考えものだよな。負傷箇所の扱いがぞんざいになる」
「う、るさい」
意地でも平然としたふりを装い――きれてはいなかったが――、椅子を戻してリュートは座り込んだ。最低限の動きでカレーライスを口に運びながら、続ける。
「だいたいセシルがちゃんと教えてくれりゃあ、こんな怪我もしなかったんだ」
「おーっと。責任転嫁は良くないんじゃないの? かっこ悪いよリュート君」
がちっ、と歯でスプーンの先をはじき、テスターが身を乗り出してくる。
空中に放り出されたスプーンを左手でつかみ取り、リュートは思い切り顔をしかめた。
「責任転嫁だぁ? あいつはただの嫌がらせで、俺に二重幻出のこと黙ってたんだぞ」
「本人に確かめたわけじゃないのに決めつけるなよ」
「た・し・か・め・た・ん・だ・よ! はっきりと!」
聞き逃すなと言わんばかりに、念入りに発音する。
訓練校に帰ったリュートが直行したのは学長室だった。もちろんセシルに問い詰めるためだ。なぜ二重幻出のことを黙っていたのか。
「そしたらあいつ、いけしゃあしゃあと言いやがったんだよ。ちょっとした試験だって!」
自らの言葉にあおられる形で、怒りがぶり返してくる。握ったスプーンの凸面に映るのは、眉をつり上げた自分の顔。
「信じらんねえ、絶対頭おかしいだろあの倒錯サド野郎っ! それでもし地球人になんかあったらどうする気だよ、また渡人の立場が悪くなるじゃねーか! 仮にも長なら――」
「それで?」
「長らし――え?」
ひとりまくし立てていたところを淡泊な一言で遮られ、リュートははたりと言葉を止めた。
力の入れどころをなくした拳からスプーンを抜き取り、テスターがあきれたように息を吐く。リュートの目の前でスプーンを左右に振りながら、
「それでお前は学長の話を鵜のみにしたわけ? 二重幻出なんて重要事項を、ただの嫌がらせで黙ってたと、お前は本気でそう思ってるのか?」
リュートが口を開くよりも早く、びしっとスプーンを突きつけてくる。
「仮にも守護騎士なら、突然の事態に対処できなくてどうするよ?」
「な……」
話の矛先を自分に向けられ、面食らう。
テスターは隙を突いた剣士のように、攻撃の手を緩めない。
「もし顕現が起きて、地球人が死んだらどうするんだ? イレギュラーだった、護れなかったのは仕方ないと、お前は開き直るのか?」
「……それとこれとは違う話だろ」
「同じだよ」
容赦なく、テスター。
「大切なのは、お前がイレギュラーに対処できるかどうか、だろ。もし顕現が起きて、地球人が犠牲になっていたら? 女神様の力の源――地球人に宿った魂を、堕神に奪われることになる。想定外であろうとなかろうと、そういった事態を防ぐためにいるのが俺たちのはずだ」
「…………」
言葉を返せなかった。
理不尽な気もするが、そもそもリュートたち神僕はそういう存在だ。
母なる女神を護り、女神の魂を宿す地球人を護り、女神の創った世界を護る。
女神が滅べば堕神が新たな創世主となり、世界を再構築するだろう。そのとき、今在る者たちがどこまで生かされるのかは未知数だ。
女神を脅かす存在は、なんとしてでも排除しなければならない。
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