愚神と愚僕の再生譚
3.故郷の幻影⑦ 魂の罪
◇ ◇ ◇
扉を開けると、僕を束ねる長がいた。
「女神様っ……お迎えに参りましたのに……」
珍しく焦った顔で立ち上がる男を、メルビレナは手で制した。
「そこで構わぬ」
恐らく男は言葉通り、自分から迎えに来るつもりだったのだろう。
しかし従僕が事務局員に「この時間帯に表敬訪問するのは連絡済み」と嘘八百を並べ立て、学長室を突然訪れるよう仕向けた結果、この動揺した面が現れた。
(なるほどな。確かに面白いものが見られた)
くつくつと笑みをこぼし、若き長を見つめる。
「長としての役目、きちんと果たしているようだな」
ねぎらいではない。ただの評価だ。
「もったいなきお言葉です、女神様」
男は言われた通り机越しのまま、深々と身体を折り曲げた。
はたから見たら滑稽に見えることだろう。大の男が女子高生に忠誠を示す姿など。
しかしこの空間内、自分と男との間において、それはごくごく自然の対峙であった。
「こうして再びお目にかかれる日を、心待ちにしておりました。本日は大変なトラブルに巻き込まれたようで……申し訳ございません」
「よい。なかなかに楽しい余興であった。特に、元始世界に疑似的に介入できる機械……あれは面白い。場合が場合なら、大いに役立っていたであろう」
メルビレナは窓際まで移動すると、ワインレッドのカーテンを押し開いた。
室内に斜陽が差し込み、メルビレナの頰をオレンジ色に染める。
「もうすぐだ」
換気のためか窓は開いていた。そこから少し顔を出し、窓の下、世界守衛機関本部棟の前で呑気な攻防――なにを言われたのか言われてないのか、情報取得と保守の攻防――を繰り広げている僕兄妹を見下ろしながら、メルビレナは薄い笑みを浮かべた。
「小娘の中の存在は、もうすぐ形となって現れる。そのときが償いのときだ」
「心得ております」
「たとえ自身が忘れ去った罪だとしても、それそのものは未来永劫続いていく。魂の罪は、魂をもって償わなければならない」
「…………」
沈黙という言葉を返されて、メルビレナは横を振り向いた。
「どうした?」
メルビレナに合わせて窓を向いていた男は、
「堕神の滅殺……もっと安全で効率的な方法はないものでしょうか? 女神様を危険にさらすのは、神僕として身を引き裂かれる思いです」
と、あくまで冷静な目を向けてきた。
しかしメルビレナには――全ての母なる女神には通用しない。
「お前も親ということか。己の子どもを助けたいと?」
「めっそうもない。女神様が望むのであれば、私は全てを差し出します」
「それこそが神僕」
メルビレナは歪に口の端をつり上げた。
そう。
女神のために全てを捧げるのが神僕。それができぬ者など必要ない。
(裏切りの代償……その身をもって払ってもらうぞ)
◇ ◇ ◇
応援コメント
コメントはまだありません