僕は梓葉に恋をしている。うれしいことに、梓葉も僕に恋をしてくれている。だからその幸せを維持するために、やらなきゃいけないことがある。 ◇ ◇ ◇ せわしない朝。早々に登校準備を終えた僕は、リモコンを使ってテレビの電源を入れた。 そしてペンとメモ帳を手に、ソファの上で待ち構える。 この時間このチャンネルでは、女の子向けの情報番組が流れている。今はその枠内で、流行りのコーデ特集をやっている。 だけどそんなものには興味ない。 僕はいつも通り、テレビ画面を凝視して待った。やがて、 「おっはよーございまーす! 占い師黄泉ヨミのラブ占いの時間でーす!」 「来た!」 僕は身を乗り出した。 「今日の皆さんのラブ運は、こちらになりまーす!」 黄泉ヨミが手を広げると、画面がバッと、12星座の運勢一覧表に切り替わった。それぞれの星座の恋愛運が、ラッキーアイテムの解説付きで載っている。 注目したのは水瓶座。ラッキーアイテムは宿題。気になる彼に宿題を見せるとラブ運アップとあった。 牡羊座の僕は必死の形相で、その文言を書き取った。 「皆さんは黄泉ヨミのブレス着けてますかー? まだの人は超必見! これさえあれば恋の願いも成就しちゃうラブラブグッズなんですよー? 腕に着けるもよし、ストラップにして鞄に付けるもよし――」 黄泉ヨミが毎度の営業トークを始めるが、もう用済みなのでテレビを切る。 僕は鞄から手早く数学、物理のプリントを取り出した。2枚とも今日提出の課題で、最後まできちんと解いてある。 その形跡を消しゴムで抹消し、証明式の途中で行き詰まったふうを装う。 これでよし、と。 「! やばい、もう行かないと!」 僕は慌てて家を出た。 ◇ ◇ ◇ 「るー君おはよー!」 「おはよう梓葉」 いつもの朝のいつもの挨拶を、いつもの待ち合わせ場所で交わして。僕と梓葉は今日も一緒に学校へ行く。 たわいない話をして梓葉が笑うたびに、鞄の持ち手に付けてあるブレスストラップが揺れ、キラキラ光る。 「――あ、そういえばさ。数学の課題やってきた?」 待ってました。 僕はきらりと目を光らせた。 「あれ難しかったね。僕は途中で行き詰まっちゃったよ。梓葉は?」 「へへ。難しかったけど、なんとか」 ピースサインを出す梓葉。 「すごいね、梓葉はやっぱり頭がいいなあ。後で教えてもらってもいい?」 「もちろんっ」 照れくさそうに笑う梓葉。笑顔がまぶしかった。 ◇ ◇ ◇ 梓葉は黄泉ヨミの占いを信じている。彼女の占いを信じれば、最高の恋愛ができると思っているのだ。 梓葉の思い込みには力がある。僕が梓葉の彼氏でいられるのは、彼女の思い込み故だ。 だから僕は毎朝欠かさず黄泉ヨミの占いをチェックし、それを現実のものとしている。 全ては梓葉のために。梓葉の彼氏でいるために。 僕は運命を確定させる。 『ラッキーアイテムはお弁当。彼とお弁当を半分こすれば、ラブ運トップ間違いなし』 僕は弁当を冷蔵庫にしまった。もし梓葉も弁当を忘れてきたら購買に行って、占い通りになるよううまいこと誘導しよう。 『デートに最適な場所は映画館。よりラブ運を上げたいなら、スプラッタ映画がお薦め』 僕はぷるぷる震えながら、スプラッタ映画特集をチェックした。 『ラッキーアイテムは絆創膏。意中の彼が怪我をしたときは、すかさずハートの絆創膏を貼ってあげよう』 僕はハサミを握った。 ズバッ。 ◇ ◇ ◇ せわしない朝。早々に登校準備を終えた僕は、リモコンを使ってテレビの電源を入れ……入れ…… 「あ、あれ?」 テレビの電源が入らない。 慌ててリモコンのボタンを連打するが、無反応。 それならばと主電源の方をいじってみるが、変化はない。 「やばい!」 やばいやばいやばい。 もちろん見逃してしまったときのために、録画はしている。だが再生機器が動かなければ意味がない。 なんとかテレビを動かそうと、コンセントを抜き差ししたり、ケーブル等の接続を確認したりするも効果はなかった。 そうこうするうちに、 『ピンポーン』 インターホンが鳴った。 やばい梓葉だ! 僕が遅いから迎えに来たんだ! 体調不良ということにして休もうかとも思ったけど、もしラッキースポットが学校だったら困る。 僕は腹をくくって外に出た。 「ごめん梓葉! 寝坊しちゃって!」 「大丈夫だよー」 えへへと笑う梓葉。鞄のブレスストラップが揺れてきらめく。 歩きだすふたり。 僕は緊張しながら待った。 梓葉は大抵、ラッキーアイテムにまつわる事柄を登校中に話す。だから待っていれば、それ関連の話を振ってくるはずだ。 「ねえるー君、英語の課題やってきた?」 ほら来た! 僕は神経をとがらせた。梓葉の表情から、少しでもなにかヒントが得られないかと。 しかし梓葉のきょとんとした顔からは、なにも分からない。 課題をやったかやっていないか。それが問題だ。 どっちだ? どっちが正解だ? 『彼に宿題を見せる』パターンは最近やったばかり。となると今回は、『彼から見せてもらう』パターンか? 僕はベットした。 「や、やってきたよ。梓葉は?」 「あたしもやってきたよ」 まずい! ここは課題を忘れた僕に、梓葉が見せてくれるっていう展開だったか! というかそれ先週とかぶってるじゃん。黄泉ヨミちょっと適当過ぎだろ! 僕は黄泉ヨミを呪いながら、頭に手を当てる。 「と、と思ったら忘れてたよ。梓葉、悪いけど見せてもらってもいいかな?」 「あ、あたしも忘れてたんだった」 「え?」 いつもと違う風向きに、僕は硬直した。 梓葉が足を止める。自然、僕の足も止まった。 見つめ合うふたり。 しかしそこに漂うのは、甘い空気ではなく、どこか張り詰めた冷たい空気。 梓葉が感情のない声で聞いてきた。 「ねえ。るー君って、もしかして黄泉ヨミのラブ占い見てる?」 「み、見てないよ。あれは女の子向けだろ? それに朝はギリギリで起きるから、テレビなんて見てる余裕なんてないし」 「あたし、朝テレビでやってるなんて、一言も言ってないけど?」 まずい。 「……やっぱり。そう、だったんだね」 梓葉の顔が、すっと冷める。髪をかき上げようとした彼女の手が、鞄のブレスストラップに引っかかる。あっけなくちぎれた。 駄目だ。 ばらばらと道路に落ちるブレスレットのパーツを見下ろしながら、僕は終わりが近づいてくるのを感じた。 「なんかおかしいと思ってたんだよね……じゃああの占い、本物じゃなかったんだ」 「ち、違うよ梓葉! 梓葉が信じてくれれば、僕は梓葉の願い全てをかなえられるんだ! 梓葉が僕の運命なんだ!」 「いいよもう。なんか最近、そういうのも冷めてきてたし」 やめてくれ。 僕の運命が消えてしまう。 伸ばした手が透き通り、その向こうにある梓葉の顔が見える。 凍てついた顔。 僕の運命はどこなんだ。 見えない。その先が見えない。 「やっぱ占いなんて、嘘っぱちだよね」 僕の運命が見えない―― ◇ ◇ ◇ 「あ、あれっ?」 あたしは目をしばたたいた。 自分がなぜこんな場所――古びた空き家の近くで、ひとりでぼーっと突っ立っていたのか分からないからだ。 ……なにはともあれ、早く学校に行かなきゃ。 踏み出した足がなにかを踏む。 じゃりっとした感触に足をどけると、それは。 「あー! 黄泉ヨミのブレスじゃん!」 願かけに買った、黄泉ヨミのブレスレットのパーツだった。 慌てて鞄を見ると、根元からちぎれて紐だけが宙ぶらりんしていた。 彼氏欲しいって願いかけたのに、かなう前にバラバラになってしまうなんて不吉だ。 「ていうか願かけ関係なく気に入ってたのにー!」 あたしは愚痴りながら、ブレスレットのパーツを拾い集めた。 やがて目に見える範囲で拾い終えると、立ち上がって歩きだす。急がないと遅刻だ。 あたしはため息をついた。 「あーあ。早く素敵な彼氏が欲しいなー」 ――完―― お読みくださり、ありがとうございました。
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