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「これは……?」 俺の疑問の声に、ライゴとシェルカが食いつく。 「二ディアの鱗!?」 「すごーい、綺麗ーっ!」 ニディアの髪と同じ、深く鮮やかな緑色。 これ、ドラゴ……いや、トラコンの鱗なのか。こんなに間近で見るのは初めてだな。 「ボクが自分で剥がした、額の鱗だ」 ニディアの言葉に、俺の隣でザルイルが顔色を変える。 俺はそんな事には全く気付かずに、差し出された鱗の意味も知らないまま、それを受け取った。 「へぇ、ありがとうなニディア、大事にするよ」 鱗は思ったよりもずっしりと重く、硬く艶めいていて、まるで宝石のようだ。 「綺麗だな……」 思わずこぼした言葉に、ニディアが真っ赤になった。 「ヨーへーちゃん、お庭にはとっても強ぉい結界が張ってあるからねぇ? 悪い物はひとっつも通さないわよぅ♪」 頭上からのリリアさんの声になるべく大きな声で礼を返す。 「ありがとうございますっ」 悪い物ってなんだろうなと思わなくもないが、この庭の中でならパチみたいなのに怯えることなく安心して外遊びができるって事なんだろう。 ずっと室内遊びばかりで、いい加減外には出たかったんだ。 これは本当にありがたいな。 「こっちも終わりましたよー」 言われて振り返れば、巣の隣にはびっくりするほど立派な保育室が完成していた。 新築然とした真新しさが、否応にも胸を弾ませる。 「ありがとうございますっ」 「レンティアありがとう。大事に使わせてもらうよ」 俺の礼の言葉に、ザルイルの声も重なる。 「良ければ中を確認してくださいね。おかしなところはすぐ直しますから」 言われて、俺は子ども達と一緒にレンティアさんの押さえる保育室のドアをくぐった。 玄関に配置されていたマット状の魔法陣で子ども達が足裏の泥を落とすのに、俺も倣う。 これはどうもこの世界では一般的なアイテムのようで、ニディアも時々『ちょっと外を歩いてきた』と言ってうちに入る前に使ったりしていた。 まあ、ザルイルは俺が料理をするようになってからは会社から直接どこにも着地せずに飛んでくる事が多いので、玄関を通らずに大体空から帰ってくるけどな。 ……そういえば、あの日も。 俺がザルイルに拾われた日も、ザルイルは空から来た。 上空からでも、ザルイルは地面でうろついていた俺を見つけて降りてきたんだよな。 リリアさんやレンティアさんの言うように、ザルイルは特別目が良いらしい。 ……もしかして、こないだ俺が泣いてた顔も、はっきり見えてたんじゃないか? でも、俺が泣き顔を見られたくなかったから。 ザルイルは見えてないフリをしてくれてたのか……。 俺は、食事前のザルイルの動揺にようやく納得がいった。 ザルイルは、自分の目が良い事を俺に知られたくなかった。 それすらも、結局は俺のためだったわけだ……。 気付いてしまった隠し事に、むずむずする胸を抱えながら先をゆくお人好しの背中を見れば、紫の長い尻尾と背中に流れる紫の髪がふわりと揺れている。 「私はお庭に遊具を作ってきますね。ポピュラーな感じのもので良いですか?」 レンティアさんの言葉に、ザルイルが「ああ」と答えつつ付き添って庭の方へと向かう。この世界の『ポピュラーな遊具』ってどんなのだ……と思いながらも、そこはザルイルに任せることにして、俺は保育室の内部確認をすることにする。 保育室を出るザルイルが、いつもより小さな声でレンティアさんに何か尋ねる。 「あれは本当にいいのか?」 「良いんですよ。あの子が本当にあげたいと思ったのなら、今がその時でも」 「しかし、あれはひとつしかないんだろう?」 二人は何かヒソヒソ相談しながら保育室を後にした。 「わあー」 「ひろーい」 「ふかふか。あたち、ここがいい」 今までの暗い色の床が多かった巣と違って、保育室は木材の内側の木目がたくさん見えていて、温かみを感じる色合いだ。 天井がないのは巣と同じだが、おひさまの方向へ大きな窓があるからか日差しがたくさん入る明るい部屋になっている。 確かに日差しは真上からは降らないので、天井がないだけじゃそう明るくはなかったのか……。 ライゴとシェルカは早速端から端まで探検を兼ねて走り回っている。 リーバは入ってすぐのお昼寝ルームに積まれたふかふかのクッションに潜り込んでいる。そういやそろそろ昼寝の時間だよな。 ライゴとシェルカもあれだけ走り回った後だ、もう眠くなる頃だろう。 早速ここでお昼寝させてもらうのもいいな。 「どうだ、ボクの母上は凄いだろう」 振り返れば、ニディアがふんぞり返りすぎてひっくり返るんじゃと思うほどに胸を張っていた。 「ああ、すごいな。ニディアのママさんは」 笑いを堪えつつ答えれば、ニディアはさらにふんぞり返り、ドヤ顔を返してくる。 もうやめてくれ、笑いが堪えられないだろ。 俺はニディアに背を向けて、無理矢理意識を室内点検に向ける。 扉やゲートの開閉、蛇口の水の量……ってどういう原理で水出てるんだこれ……。ミニキッチンのコンロも、巣と同じような仕組みらしく俺にもつける事ができた。 へえ、窓も開けられるんだな……。と、カララと軽い手応えで滑るように開く窓に感嘆する。 「……ヨーへー」 可愛らしい声に呼ばれて振り返る。 リーバはもう眠そうに、クッションの上でウトウトしていた。 「ああ、リーバはもう眠いよな、ちょっと待っててくれな」 室内はどこにも直すような箇所は見つからなかった。 改めてレンティアさんは凄いなと思いつつ、手を伸ばしてきたリーバに応えて手を握り返す。 こんなに眠そうでも小さな手はひんやりしていて、俺たちとは体温が違う生き物なんだなと感じる。 ひとまず保護者に昼寝をさせても良いのか聞いてみないとな。 寝かせずに連れて帰りたいかも知れないし。 と、頭上を見上げようとした瞬間、首筋にヒヤリと冷たい物が触れた。 「……っ!」 違和感に肩を揺らす俺の首にリーバの細長い舌がクルリと巻きつく。 「ヨーへー、あたちの」 なんか、さっきの話の後だと、首に触れられるのがちょっと怖いんだが……。 リーバの舌は一回りでは飽き足らず、もう一周、二周と巻き付いてくる。 いやどんだけ長いんだよ。 「リーバ、それ以上はダメよぉ。ヨーへーちゃんが戻れなくなっちゃうでしょぉ?」 頭上から降るリリアさんの声がいつもよりヒヤリとした響きで、リーバはピタと動きを止めた。 『戻れなくなる』ってどういう事だ。 戻らないで、こっちにずっといる方法があるのか……? リーバは名残惜しそうにじわじわと舌を引っ込めると、不満げに呟く。 「ヨーへー……、あたちの……」 「違うでしょぉ? あ、ヨーへーちゃん、リーバはもう連れて帰るから寝かせなくていいわよぅ」 リリアさんの声に頭上へ「はい」と返事をしてもう一度リーバを見れば、一つきりの大きな赤い瞳はすっかり涙目になっていた。 うーん。気に入ってもらえるのはありがたいんだが、リーバの独占欲はちょっと怖いものがあるな……。 「ヨーへーちゃんにはもうザルイルの印がついてるのに、リーバも怖いもの知らずよねぇ……」 ため息をつくようなリリアさんの声の中で、ザルイルが苦笑を浮かべつつ保育室の戸を開けた。 「ヨウヘイ、中はどうかな?」 「あ、はい。問題ありませんでした」 「外も見ておいで、きっと気に入るよ」 言われて外に出てみれば、そこには立派なアスレチックが完成していた。 奥には砂場も作ってあるな。いや、砂場広すぎないか……? アスレチックの前で待っていたレンティアさんにお礼を伝えれば、レンティアさんはにこにこ笑って言った。 「今の大きさの子ども達のサイズに合わせて作りましたから。これからも、どうぞよろしくお願いしますね」 「こちらこそ、よろしくお願いします」 思わずつられて頭を下げたが、これから……って、ニディアはそろそろ学校に……は……。 …………もしかして、行かない、のか……? ――この、季節も学年度の区切りもまるで分からない異世界で。 俺はどういうわけか、こんな立派な園庭と保育室を手に入れてしまったのだった。

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